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「ワッゲンオッゲン」という映画だ。
その意味は「おまえの家、おれの家」で、なにするんじゃワレの「ワレ」が「ワッ」で俺が「オッ」なのだろうと思う。
この映画は過疎化が進む天草の地域活性化を目的に作られた映画であった。


過疎の問題を乗り切ろうと、女達が立ち上がる。
ハイヤ踊りが「遊郭」で踊られていた時代の活気を戻すため、牛深のおばちゃん達が一肌脱ぐ。ハイヤ踊りを通して時代は遡る。かつて、男も女も闘っていた時代に。
前向きでカラッとしている天草の女性達の姿を現在と過去のハイヤを通して描く。
青い海、白い橋、豊かな自然に豊富な食べ物。
血の繋がりなんて関係ない生きるために大切なことは全て、家族を越えた人々の繋がりの中にある。
街の映画館には久しぶりに行きました。
帰りのバスは渋滞に引っかかり、全然進まずに大変でした。
11月半ばも過ぎると狭い熊本の街もだんだんと車の渋滞で動き辛くなります。
ドロンもこの牛深に漁師の跡取り息子M君がいたが数年前に親子で夜中の網上げ漁の船に乗って網を吊るしていた船の鉄の重し玉が頭を直撃して運悪く即死してしまった。
M君の友人から至急連絡が飛び込んで来て悲惨なニュースに驚きであった。ドロンも一人で翌日、車で延々3時間かけて牛深の葬儀場まで駆けつけて、お参りをして来たことも思い出した。
M君の高校時代の想い出もたくさんあった。
夏のボクシング部合宿では牛深の民宿に泊まってボクシングの練習や海水浴などをして楽しく過したこと。
水上スキーをドロンは初めて牛深の綺麗な海岸で体験したこと。
ドロンの家にも数回来てくれて、ボクシングの練習も3年間熱心に打ち込んでくれたこと。
冬には阿蘇のスキー場や草千里の白く凍った湖でスケートに連れて行き遊び、帰りに今は休館中の湯之谷阿蘇観光ホテルに寄って温泉に入って帰ったこと。
Mくんも良き親父になって可愛い子供を連れてドロンの家に遊びに来てくれたことなど。
M君も生きていれば40歳である。悔しい!命を事故で亡くすなんて!
素晴らしい明るい家族を抱えて跡継ぎに情熱を賭けていたのに!
漁の船の事故はテレビや新聞にも出て悲惨であり、無念であった。
合掌!
老健施設の母のところにも自転車で昼食介護に行って楽しく食事も頂いてくれました。
その後も手足のマッサージやエクササイズも楽しんで貰い、食欲もあって有り難く感じます。
朝夕はかなり冷え込んでいましたが広い施設は暖房設備も完璧で温かい部屋で助かります。
しかし母のベッドにはいつも足が暖まるように湯たんぽを入れて休ませています。
今日も素敵な一日を過せて感謝です。

風船バレーボール 子供達の勝利宣言!椎葉村松尾中学校体育館にて
http://youtu.be/E4_x4mIfBc4 武術太極拳長拳 JOCジュニア大会優勝