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2011.06.16
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本気のデモで政治動かせ

11.06.16 朝日新聞 耕論

 4月に高円寺、5月に渋谷、6月11日に新宿で反原発のデモをやりました。レゲエの音楽を鳴らし、チンドン屋も歩きました。インターネットで呼びかけ、参加者がパソコンで生中継したところ、途中から人が増えてきて、3回で若者を中心に約5万人が参加しました。

 高円寺でやろうとした時、日本中に自粛ムードがありました。「原発、止めろ」と言うのは早いのではないかと悩みましたが、やってみたら「よくぞ、やってくれた」という声がたくさん届きました。みんな、変なもやもやがあったのでしょう。

 「『原発こわい』と言って良いんだ」という声が広がり、6月11日には全国140カ所でデモが起きました。

 そもそも、投票した政党や政治家に世の中を変えてもらおうという発想が間違っています。デモなどで自分なりの意思表示を行い、その動きをくみ取った政治家が増える、という順番でないといけません。

 デモは、もっとも直接的に政治に参加できるやり方です。選挙だと、候補者はさまざまな政策を示します。反原発に賛同して票を入れても、その議員がどう動くか分かりません。「だまされた!」ってことも多々ありますね。イタリアの国民投票は、フクシマが世界の形勢を変えたことで、すごいと思います。ただし、国民投票は、向こうから聞かれて答える形。こっちから怒りやメッセージを出すので、本当の意味での民意だと思います。

 いまの選挙制度では、すぐに大量の脱原発議員を送り込むことは無理。だけど、 デモに本気で怒っている人が集まれば、政治家も「やばいな」と無視できなくなり、それが政策転換につながっていく。「文句があることは言う」という動きを広げていくことが先決です。お任せ民主主義をやめ、本当の民主主義を取り戻す。その手段の一つにデモがあるわけです。

 お祭り騒ぎで良い。従来は重いイメージで、まじめにシュプレヒコールをやって、そうでなければならないという考えこそ、政治を日常から遠ざけている原因です。もっと身近に、普段の生活の感覚で政治の話をしたいですよね。音楽家は音楽を通じ、ものづくりの人はものを作り、ダンサーは踊って気持ちを表現する。プラカードに「どんな文句を書こうか」と考える過程で、主体的に参加する充実感も持てます。楽しくないと長続きしません。

 モデルは中東で起きた革命です。民衆がネットで情報交換しながらグワーッと日常から出てくる感じ。高円寺以降のデモは似た動きですね。決して自民党の石原伸晃幹事長がいう「集団ヒステリー」ではなく、ようやく我に返ってたです。徐々に風穴を開けられつつあると思います。

 松本 哉さん 6月11日反原発デモ主催者






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Last updated  2011.06.17 08:20:33
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