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延原時行歌集『命輝く』
(第276回)
「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(97―7)
感受の歌、極み時の歌、恩師滝沢克己先生「純粋神人学」低み=表現二重真理我が省察の歌、主の祈り見ゆの歌、ヨハネ福音書17章5節の歌、七十五歳誕生日の歌、妻箴言に訳付するの歌、我らが歩みの歌、今正にの歌、を巡りて、の記
2012年7月19~25日
7月24日~25日
今正にの歌
今正に英文拙稿"Analogia Actionis"の出でんとす佳し
(備考:『しるしの誕生とアナロギア神学の新機軸』第五章:"Analogia Actionis: A New Proposal for Christology ‘From Below'" [Union Seminary Quarterly Review, XXXIX/4, 1984, 269-285]なり。)
今正に箴言七条訳付する得意の顔に笑みこぼる妻
(備考:愛宕の園豊浦夕餉の後なり。)
今正に熱誠の友またまたぞ在家基教の結び編送
(備考:鳥飼慶陽師ブログ公開拙著九冊目『在家キリスト教のすすめ』エピローグ「仏教的挑戦とキリスト教的弁証論―仏教的キリスト教としての在家キリスト教」テキスト化送り給ふなり。これは1986年1月31日~2月4日米国サンディエゴにおける北米教会教育者のための講演草稿にして一度『キリスト新聞』1986年3月22日付に掲載されしものなり。)
基督は我が主体なり我が見ゆるすべては主なり主の祈りなり
(備考:インマヌエルの原事実は実存の根底として踏みしむるなり。父には祈るなり。これらは甚だ明快なり。しかし、キリストは誰なるか、何者なるか。彼我が主体なり、彼こそ我が「今正に」の主体なり。キリストは概念的に明快にあらず、体験的に自明なり。)

台風一過、十六夜も過ぎ、愈々秋の到来です。昨日の夕暮れも綺麗でした。
刻々に変化する景色を愛でました。同じ景色はなく、新しい姿を見せながら暮れていきます。今回は撮影順に並べてみます。
今朝の朝日も見事でした。祝福の朝です。





