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延原時行歌集『命輝く』
(第297回)
「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(102―2)
信田医院にての歌、讃嘆すの歌、休みたりの歌、我が華の歌、覚りたりの歌、受肉神学の歌、人としての歌、を巡りて、の記
2012年8月17~21日
8月18日
讃嘆の歌三首
讃嘆す熱誠の友打上げぬ我が祈祷論修士論文
(備考:個人誌『雄鹿』にもう大昔の1965年に発表せし我が懐かしの修士論文『バルト神学における祈祷理解』鳥飼師テキスト化し送り給ふ。何たる慶事ぞ。)
この文ぞ火事の後から始めたる受肉神学結語なりしも
(備考:我1960年の復活節の聖日に類焼にて我が家失ひぬ。その経験より『受肉の神学一試論』書き始めたり。修士論文はその結語の意味我にもちたり。一切を失う遺棄性。それ我基礎概念たりし。遺棄性の「発見学」「痛知学」「絶叫学」の三部門を受肉の神学持つとは火事よりの我が神学的確信なりし。これをしも修士論文最後的に定着せしむ。何たる喜びたりしか。)
かくて我が二十代半仕事成るその喜びの今開くとは
(備考:『受肉の神学・救済論』は二十代で完成したるなり。25歳の作なり。今それを祝ふとは。喜びの遅延なりしも、喜びの開示なり。かかること人生にあり。)

わがまちも、あの大震災(1995年)の時には、新しいまちに大きく変貌していました。戦後早く建設された建物を解体して、いま新しい空き地をつくり、そこにくつろげる市民広場を構想しているところです。
かつてまちづくりの拠点となったり、児童館であったり、公営住宅であったりした場所が消えていき、気持ちのよい大きな広場が生まれていきます。
こうしてさらに、21世紀にふさわしいまちへと進展していきます。





