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延原時行歌集「命輝く」
(第326回)
「復活の家出発進行-感謝無限の旅一歩一歩」(107-7)
和みの歌、いのちの歌、言葉なしの歌、命和めるの歌、驚愕の歌、嗚呼の歌、Perfectの歌、時代総括の歌、物のあはれの主の祈り歌、母校来信の歌、十著目の歌、新リフォーメーションの歌、朗々の歌、歌の歌、挨拶頓智の歌とそのあとの歌、を巡りて、の記
2012年9月15日~20日
9月19日
朗々の歌一首
朗々と復唱三十我妻の眼ぞや輝き並々ならず
(備考:快癒知性豊かに語れり。)
歌の歌二首
歌なるは経験なべて伝へんと起こりし後の不滅愛でつつ
詠ふとは起こりし事の残り香を心に深く確かむる業
(昨夜の事20日記す)
挨拶頓智の歌とそのあとの歌二首
我妻にGod be with you言はばMeshi be with you妻返したり頓智脈々
(備考:これ豊浦愛宕の園にて妻の夕餉介助の後三十条朗々済み帰り際の一瞬なり。我が夕食への配慮なりしも。我爆笑す。今日も頓智脈々、ノーちゃん知性勝利なり、と深く感ず。この一瞬、老人ホームの変り映えせぬ空気破って知性天を衝く。単に介護介助ならず。)
帰りては畢生の作はしがきの準備おさおさ怠りなくと
(備考:ブログ著作集第十一『受肉の神学ー救済論と形成論』同志社院1(1960年)より52年間書き来れるもののはしがき、万感の思ひ持ちて準備す。目次に英文表記書き込みつつぞ。受肉とは、assumptio carnis(肉を神受け給ふこと)の救済論先ずあり、遺棄性の発見学、痛知学、絶叫学の三段階の叙述25歳で完成せり。結語部が我が修士論文(1962年)『バルト神学における祈祷理解』なりき。そこより形成論に転じ、以来、半世紀苦吟せり。受肉の第二義「形成」はロゴス(インマヌエルの原事実)へのアナロギア、即応、Entsprechung(バルト)なると同時に、宇宙の全過去的実在への順応、自己創造的活動(倶現)のプロセスなり。これ、主イエスの「何故我を善きと言ふか。神ひとりのほか善き者なし。」の一語ほど明晰判明ならしめし物非ず。ルターの『詩篇講義』にて言ひし"sese in profundum humiliare"[己を深き淵まで遜らせ給ふこと]、これ形成受肉の粋なり。この粋映すもの形成的なり。組織論的理性の事も、地球時代の政治神学の事も、然り。これ映さぬもの、傲慢虚偽にして非形成的なり。心すべし。さて、はしがき今まさに。)

「凪の座40周年リサイタル」の翌日、兼清先生夫妻のご案内で、景勝「みたらい公園」に建つ「丸岡忠雄詩碑」を訪ねました。
上田達生さんも丸岡さんとの交流も深く、丸岡さんは上田さんのことがご自慢でした。わたしは丸岡詩集「ふるさと」「続ふるさと」「詩集ふるさと愛蔵版」の出版の仕事をさせていただくなど、丸岡さんの最晩年10年間ほど、緊密なご友誼をいただくことができ、わたしにとって大切な先達のおひとりです。
丸岡さんの詩友・礒永秀雄の詩碑が隣にできています。またここには、種田山頭火・松尾芭蕉などの句碑・歌碑があります。
この季節には珍しく穏やかな小春日和でした。地元の高校で国語を教えておられる兼清先生のここでのお話も、大満足でした。
今回は、丸岡さんの代表作である「瞳」「つばめ」と美しい景色を少しUPします。




