諏訪湖のほとり(山岡弘道ノート)

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February 4, 2007
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昨日に引き続き与謝野晶子について

 現在、諏訪湖の出口である天竜川の源には、釜口水門というダムがある。諏訪湖と天竜川の水面は、約2mの段差があり、諏訪湖の水はダムをオーバーフローして天竜川に落ちている。まさに、「落ち口」である。
 この釜口水門の脇には、「諏訪の湖(うみ)天竜となる釜口の水しづかなり絹のごとくに」の晶子の歌碑が立っている。この歌は第二期「明星」の大正14年2月号に掲載され、単行本としては、昭和3年5月発刊の晶子第21歌集「心の遠景」の中に所載されている1首である。
 歌碑は、岡谷の諏訪湖畔に名所をほしいと思っていた岡谷商工会議所が中心となって昭和47年4月26日に建立したものであるが、除幕式には、晶子の長男光(医師で東京都衛生局長歴任)氏が来賓として出席した。
 晶子らが岡谷へ来た当時は現在の水門はなく、100m下流に釜口橋のみがあり吊橋であった。晶子がこの橋を湊村の方へ渡ったとき、川が絹糸を流すように流れていたというのである。多分、川の底に生えている青草が流れに漂い糸のように尾を引いていたのであろう。
 晶子の諏訪湖や天竜川を詠んだ歌は他にいくつもあるが、この歌は内容もいいし、この場所に相応しい感じがする。





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最終更新日  February 4, 2007 05:00:40 PM
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