2-4 着信



「朝子・・・色っぽくなったよね」

夫からの唐突な言葉を背中に受け、朝子は戸惑った。「・・・え?」

篤は朝子を後ろから抱き締めた。彼の両手が彼女の乳房をとらえ、欲情を抑えきれず愛撫を始める。

「やめて・・・今はそんな気分じゃないんだってば!」

朝子は巻き付いてくる腕を振り払おうとしたが、篤が彼女の腕を押さえつけ、耳に口付けた。朝子はぞくりと鳥肌が立ったが、それは決して快感からくるものではない。

不安そうな声で、篤は言った。「君は俺の女だよね?」

朝子は震えを必死で抑えた。「・・・そうよ」

「本当に?」

「当たり前じゃない」声が、僅かに上ずった。

「ここ何ヶ月かで・・・君は少し痩せたし、すごく綺麗になった。そんな君を抱けないのはつらい」

「・・・」

「俺怖いよ・・・。君がどんどん綺麗になって、どこか遠くに行ってしまう気がして・・・」

「何言ってるの」朝子は精一杯微笑み、篤を見上げた。「どこにも行かないわ。いちひとが生まれて、私は家庭を守ろうって誓ったもの。私達はずっと一緒よ」

それを聞いて、篤はあいまいに微笑んだ。

「・・・だよね。・・・だといいけど」

朝子は早足で寝室を出て行った。昔受けたひどい仕打ちを口実に逃げるなんて。酷い妻ね、私は・・・。

篤、ごめんなさい。あなたに有芯の痕跡が残る身体を見せるわけにいかなかった・・・それにあれ以来、もうあなたに抱かれたいとは微塵も思わないのよ。

朝子はソファに座るとため息をついた。隣では、毛布を掛けられたいちひとが眠っている。朝子は少しずれた毛布を息子にかけ直し、そのさらさらした髪を撫でた。

そしてふと思った。首のキスマーク、見えなかったわよね・・・?



薄暗いキッチンでは、サイレントモードになっている朝子の携帯が、静かに一人の人物からの着信を受け続けていた。

「・・・何で出てくれないんだ、朝子さん・・・?!」

大木宏信は、自宅からも携帯からも、朝子へ連絡し続けていた。しかしやがて諦め、ため息をつくとゆっくり慎重に受話器を置き、車椅子に乗って外へ出た。

彼は呼んであった車に乗り込み、考えた。

あの二人は、確かに愛し合っていた。なのに朝子さん・・・彼が撃たれた時、なぜ側にいなかったの? 単に先に帰っただけ? それなら・・・なぜ僕からの電話に出ない? やっぱり、君たちの間に何かあったんだろうね・・・。

こんな時に・・・一体今どこにいるんだ?! 朝子さん・・・。



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