2-23 影



有芯はエミの顔を見ないようにしながら、ブラウスのボタンを外した。派手な色の下着が見える。彼は彼女を下着だけの格好にすると、自分の服を脱いだ。

有芯が表情のない目でエミの体を見つめると、エミが有芯の背中に腕を伸ばした。

「飢えてたの・・・?」

「・・・ずっと飢えてるよ」

彼は美しい肢体を持つエミの下着を取り去り、しばらく指や舌でエミの体を弄ぶと挿入した。

「あ・・・ん、はぁ・・・っ」

有芯は両手でエミの乳房を触っていたが、こんな心のこもらない愛撫で感じている目の前の女を、冷静におめでたいと思った。

エミは朝子より5つ若く独身なだけあって、肌は瑞々しく、傷一つない。

しかし、それでも有芯は一向に行為に集中できずにいた。

・・・顔が見えなければ、集中できるか?

有芯は体勢を変え、エミを背後から抱きかかえ突き上げた。

不意に、朝子を抱いている最中に感じた切なさが彼を襲い、心の中にある空洞が愛しい女の不在を伝え、有芯は震えた。

「・・・朝子・・・」

有芯の呟きにエミは眉を顰め、彼を振り返った。「え・・・?! 今なんて」

目の前の虚空を睨んだまま、彼はぽつりと言った。「・・・何も言ってない」

有芯は体を動かしながら考えた。

俺は、この女を、本当に少しでも愛していたんだろうか、と。

こいつだけじゃない、今まで付き合ってきた、様々な女たち。どの子も綺麗な顔で、魅力的な身体を持ち、自信たっぷりで、俺に優しく身体を開いてくれた。

朝子のように、ベッドで震えていた女は一人もいなかった。

今ならわかる。あいつが10年前俺の部屋のベッドで、怖がっていたものが何だったかが。

それは多分・・・俺への愛情。

俺も怖かった・・・あの時、お前を今以上に愛して・・・愛してしまってからお前を失うことが。

・・・これまで、朝子以外の女を、失いたくないと思ったことがあっただろうか?

今までの俺はただ、特定の誰かではなく・・・綺麗で、俺に優しく、ちょっと気の強い―――そんな女を抱きたかっただけのような気がする。

そうか、俺は・・・ずっと朝子の影を追い求めていたんだ―――。

でも、俺は朝子の身体を知ってしまった。こいつは、本当の朝子じゃない・・・!! そう思った瞬間、有芯は萎えていく自分を感じざるを得なかった。

彼は諦めて言った。「・・・悪い」

「何?! ・・・どうしたの?」

「立たないんだ、お前じゃ」

「・・・え?」

有芯は体を起こし、服を身につけながら苦笑した。「ごめん。お前のことは抱けない。・・・俺と別れたければ、そう言ってくれ」

ソファの上で真っ青になり絶句するエミを残し、有芯は部屋を去った。

外に出て見上げた空は青く澄んでいて、有芯は少し気が晴れた。

空は等しく万人の上にある。・・・俺の上にも、朝子の上にも。

煙草の煙がゆっくりとたゆたうのを見つめながら、有芯はキミカが言ったことについて考えた。

キミカ先輩の口ぶりからして、朝子は多分まだ俺を愛してくれていて、それで苦しんでいるんだろう・・・俺と同じように。

だったら、やはり家族を第一に思っているあいつを、これ以上苦しめるべきではない・・・。

キミカ先輩の言うとおりだ。俺達は絶対に会わない方がいい。会えば、きっと朝子が辛い思いをする。・・・そして、多分俺も。

なのに、会いたいと思うのはなぜだろう。朝子にもう一度会ったところで、状況は少しも変わらないのに。

朝子に会いたい。

会って抱き締めたい。

抱き締めて、キスをして、それから・・・

有芯は煙草を捨てて頭を抱えた。

「朝子・・・・・どうしてくれるんだよ、お前以外誰も抱ける気がしねぇ・・・!!」




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