2-30 人攫い



暗闇の中で突然腕をつかまれ、朝子は驚いて振り返った。

「有芯・・・」

長さのわからない沈黙の後、朝子は声を発した。

「なんで」

ここにいるの・・・!? と、最後まで言う前に、唇がキスにふさがれていた。有芯は戸惑いがちに、そっと両手を朝子の背中に回した。

周囲の闇、花火の音、降ってくる光・・・2ヶ月前と変わらない、自分を求める唇・・・朝子の思考から全てが一瞬遠のき、うっすらと開いた目の淵から、花火の色がちらつく有芯の頬が見えた。

「ゆ、う、し・・・」

朝子が何とか一瞬離れた唇でそう言った直後、有芯は今度は迷いのない力で彼女を抱き締め、優しく唇を奪い、やがて激しく舌を絡め始めた。

朝子は抵抗ができなかった。それどころか、突然のキスに腰の力が抜け、一人では立てないほどだった。

「・・・そのスカート」

有芯の言葉に、朝子は息を呑むと肩を強張らせた。

「穿いてくれたんだ」

「これは・・・別に・・・」

「・・・朝子」

いかにも大切そうにその名前を口にすると、有芯は彼女を強い力で抱きしめた。

朝子は力を失い、呆然とした。「・・・・・どうして?!」

地面に崩れ落ちそうになる朝子を、有芯は自分の身体に密着させることで支えた。

「こっちが聞きたいよ」

有芯はいとおしげに、そっと朝子の額にキスをすると、10年ぶりに遊園地でキスをした後と同じセリフを囁いた。

「なんで、怒ってないの? 先輩」

朝子は有芯の腕を振り解き一目散にその場を去ろうとしたが、うまく立てない彼女はよろけ、再び有芯の腕の中に収まった。

有芯はそのまま朝子を抱き上げると、人気のない道を選んで走り出した。まるで遊園地の時みたい・・・。朝子は再びお姫様だっこされている自分をバカみたいだと思った。

有芯の顔を睨みながら、朝子は小声で言った。「やめて!・・・下ろして!」

「よく言うよ。自分じゃ歩けないだろ? ・・・ところで今日はジェットコースターにも乗ってないのに、何に酔ったんだ?」

有芯の言葉に、朝子は絶句した。

「・・・ごめん、意地悪が過ぎたな」

「・・・最低」

そう言うと有芯が唇を近づけてきたので、朝子は両手で阻止したが、その手が震えていて泣きそうになった。無力だわ。私、私、何もできない・・・・・!

「・・・やめて! ねぇ、どこに行くの?! ううん、どこでも関係ない、とにかくさっきの場所まで戻って!! 夫と息子が待ってるんだから!」

やっとのことでそう言った朝子に対し、有芯はぴしゃりと言い放った。

「騒ぐな。不審に思われるだろう?」

「不審なことをあんたがしてるんじゃない、人さらい!!」

やがて人気のない母校の校舎が見えてきて、朝子は青ざめた。まさか・・・まさか・・・・・?!

「まさか」の続きを考えると、彼女の頭は真っ白になった。




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