2-37 地獄に落ちても



朝子が現れると、いちひとは嬉しさを抑え母親を睨みつけて怒った。

「ママ遅~~~い!」

「ごめーん! 道に迷っちゃって・・・」

いちひとの後ろで、篤はため息をついた。「心配したんだぞ?! やっぱり一人で行かせるんじゃなかった・・・」

篤の優しい言葉に、朝子の胸がちくりと痛んだ。「仕方ないでしょ、いちひとはファーファに入りたかったんだもん、ねぇ」

いちひとはあからさまに怒りをぶつけながら言った。「ママ遅かったから、僕とパパ心配したんだよ?!」

「本当にごめんね~! ほら、クレープ買ってあげるから」

いちひとはほっぺたを膨らませ、「もう食べた!!」と言い、そのままそっぽを向いてしまった。

朝子は篤をすまなそうに見上げた。「ごめんなさい」

篤はため息混じりに微笑した。「まったく・・・。普通ホームグラウンドで迷うかい? 気をつけてくれよ」

「うん・・・」

「さあ帰ろう。」

篤は朝子の肩を抱こうとしたがさらりとかわされ、ひどく悲しそうな顔をした。朝子は罪悪感を感じたが、黙ってくっついているわけにはもっといかない。

離婚するのよ、私たち。あなたとはもう、終わったの・・・。

そこまで考えて、朝子はふと思った。そもそも、篤は何も悪くない。私が有芯を忘れられないまま、子供を授かり彼と結婚した。篤は子供想いだし、いつもどんなときも家族のために頑張っている。いつも家にいないのは、そのせい。

なのに私はこの人を裏切り離れていこうとするだけでなく、姑息な手段を使っていちひとまでも奪い去ろうとしている・・・・・。

私といちひとがいっぺんにいなくなったら、生きがいを失ったこの人は一体どうなるんだろう・・・?!

朝子と並んで歩きながら、ふと篤が聞いてきた。

「あれ? そんなブレスつけてたっけ?」

「うん・・・ちょっと前に買ったの」

「ふぅん」

あなたは・・・何も知らない。

朝子は苦笑し、そして思った。

私・・・きっといつか、地獄に落ちるわね。

でもね、それでも・・・どんなことをしても、私はいちひとと有芯を、諦めたりはしたくないの。




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