2-41 辻褄合わせ



朝子のつわりは日に日にひどくなっていた。家族に気付かれないように振舞ってはいたが、目に見えて顔がやつれた朝子に、朝食の席で篤は眉を顰めた。

「ママ。体調悪い? ・・・もう食べないの?」

「うん。でもちょっと食欲ないだけよ」

篤は箸を置くと朝子に詰め寄った。「大丈夫なのか? 医者に行った方がいい」

「いいわよ、このくらい」

「いや、今日絶対に行くんだ」

「・・・」

朝子は篤の目前で、これ見よがしにご飯を口に詰め込んだ。死ぬ気で我慢して、後で即刻吐きに行けばいい・・・!

篤が席を立つなり、青ざめた顔で朝子がトイレに向かおうとすると、不意にリビングで遊んでいるいちひとに見つめられていることに気がついた。

「な・・・あに? いちひと・・・」

「・・・・・」

いちひとは何も言わず、走って行ってしまった。

何だったのかしら・・・? それより、気持ち悪い・・・!

朝子はトイレで食べたものを胃液ごとすっかり戻してしまうと、ずるずると床にへたり込んだ。

「死にそう・・・・・」

でも、負けていられない。

私は・・・この子と、家族と、共に歩む。そうでなければならない。

そのためには・・・・・。



その日の夜中、朝子はついに意を決し、篤のタンスを探った。

まさか、これをまた使う時が来るとはね・・・・・。

引出しから黒のガーターベルトとペチコート、セーラー服とナース服、バニーガールやレースクイーンの衣装を取り出すと、朝子は大きなため息をついた。

どれが一番まともっぽいかしら・・・?

そう考えながら衣装を順番に体に当ててみて、鏡に映る自らの姿に情けなさでいっぱいになる。

何で、こんなことしなくちゃならないんだろう・・・。

でもいつもは拒否してるんだし、このくらいしないとパパ乗ってこないかも・・・。やっぱりやるしかないわ・・・。

朝子は夫婦の寝室に赴くと、夫が寝ているベッドの脇に立ち、深呼吸を一つすると夫を揺り起こした。

「篤。・・・篤」

「・・・ん? ・・・朝子・・・・・その恰好・・・え?!」

寝ぼけ眼をこする篤に、うさぎの耳をつけた朝子は上目遣いで微笑みかけた。

「うふ・・・どう?」

「どう?って・・・一体どうしたの? そういうの君、イヤだって言って・・・」

「私!」朝子は篤の言葉を遮った。まどろっこしい話も説明もイヤよ。とにかく目的を達成するのみ。そのためには手段を選んでなんていられない!

朝子は妖しい微笑をたたえ、夫の頬を指でなぞった。なるべく何も考えず、何も感じないようにしながら。

「私・・・病気治ったんだよ。だから・・・もう一人子供がほしいな」

「・・・抱いていいの?」

「うん・・・抱いて」

篤に押し倒されながら、冷静な光を放つ朝子の瞳は、閉じていないものの何も見てはいなかった。何も見たくない、何も考えたくない。誰を愛しているのかも誰を守りたいのかも。

考えればきっと壊れそうになる。いや壊れてしまうかもしれない。

・・・だから。

辻褄合わせのためにこの人と寝るのだと、自分の心に気付かせたくはない―――。




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