2-45 鋭い眼光



今日もよくやっている。

篤は早朝から甲斐甲斐しく料理を作る朝子の姿を遠目に見て微笑んだ。

腑に落ちない点がなくはない。2週間前のあの日、朝子は怒っていたし、ひどく絶望しているように見えたから。でも・・・今は元気そうだし、いつもの明るい彼女の顔だ。篤は安心して、寝巻きのまま新聞を取りに玄関へ向かった。

一時はげっそりと痩せ、そうかと思えば突然「子供を作ろう」と言い出したりもしたが、あれから彼女は明るくなり、前よりも更に家のことを頑張ってこなしている。食欲も戻ったようで、顔色も元に戻ってきた。誰が見ても100点の嫁さんだろう。

これで夜の生活も円満なら尚更、文句はないんだがね。相変わらず指一本触れさせやしない・・・。

篤は新聞を手に、いつものようにリビングに入ってきた。が、その部屋と繋がっているキッチンの方に見慣れぬ大きな電化製品の存在を確認し目を丸くした。

「冷・・・凍庫?! これ、買ったのか?」

「うん、ちょっと邪魔だけど、これで冷食、いっぱい詰められるじゃない」

朝子は振り返り嬉しそうに微笑んだ。篤はそれを見て苦笑した。朝子が元気でいてくれるなら・・・このくらいいいか。

「仕方ないな。でも、次に何か大きなものを買いたいときは、ちゃんと俺に相談してくれよ」

「はぁい」

朝子はニコニコしている。

篤は朝食を食べ終えると、新聞を広げながら聞いた。「今日は、キミカちゃんが来るんだっけ?」

「うん。話したいことあって私が呼んだの」朝子はくつくつと音がする鍋からおかずをつまみ食いしながら言った。

「ふぅん」篤は時計をチラリと見やり、テレビをつけた。ドラマの再放送らしき番組が流れている。

快晴の空の下、中学生らしい男女が、校舎の外で仲良さそうにじゃれ合っている。

『待って!!』

『何よ~グズ! 置いていくわよ!』

しかし幸せそうな2人を、ただじっと見つめる一人の男子がいる。

その男子と、幸せそうな男子の目が一瞬、合う。

篤はテレビを消した。

・・・ちょっとだけ嫌なことを思い出した。・・・変だな。たいしたことじゃないのに、なんでいまだに覚えているんだろう?

あの中学生と同じ目をした男子高校生のこと―――。

10年も経つのに、どうしてだろう。忘れかけた頃に思い出すあの、鋭い眼光・・・。

「パパ」

現実に引き戻され、篤は目の前に置かれたコーヒーをしばらく見つめた。その様子を見て、朝子は苦笑する。

「ボーっとしちゃって。1週間後出張でしょ? それまでちゃんと万全でいなきゃ駄目よ」

「分かってるさ」

篤はコーヒーをすすった。そして、ふと気が付いた。

「ママ。最近、コーヒーを飲まないんだな」

「うん。貧血気味で・・・」

「そうなんだ」篤は答えると、新聞を広げ、仕事のことに考えをめぐらせた。

何も変わったところはない。家に冷凍庫が増え、些細な昔話を思い出した。・・・・・それだけのことだ。

篤はコーヒーを飲み干すと、上着を手に取り仕事に向かった。




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