2-48 くろぽんとお星様



篤と朝子といちひとは、値段が高めのイタリアンレストランで食事を終え、夜道を三人で歩いていた。篤は何度か職場の人間と来たことがあるらしく、慣れた手つきで料理を食べ、優雅にワインを飲み満足していたが、朝子は外食が不慣れな上いちひとが騒いだので、すっかり疲れてぐったりしていた。

料理は悪くなかったが、子供が気楽に食事ができる雰囲気ではなかったため、いちひとは面白くなかったらしい。彼は俯きながらぼそりと呟いた。

「オムライス、おいしかった」

朝子は苦笑し言った。「そう、よかったね」

「・・・・・」

「・・・いちひと?」

最近、何だか口数が少ない気がするわ・・・。

朝子はいちひとの前にしゃがむと、彼の頭を撫で、両肩をぽんぽん、と叩いた。

「ねぇ、いちひと」

「・・・・・」

「いちひと? ・・・返事は?」

いちひとは朝子を突然睨んだ。「・・・・・ママなんて嫌い!」

「えっ?! ・・・・・どうして?! ちょっと待って、走らないで!」

いちひとは、家が見えた途端、一目散に走っていってしまった。篤がため息をつき、呆然と立ちすくむ朝子の肩にポン、と手を乗せた。

「今日、お迎えに行かなかったからきっと拗ねてるんだよ」

「・・・」

そうかしら? ・・・もっと前から、なんかおかしいような気がするんだけど・・・。

朝子は納得がいかなかったが、明確な理由を見つけられなかった。

・・・やっぱり、寂しいのかな。

朝子はそう結論付けると、風呂上りに気合を入れていちひとに声をかけた。

「いっちひとぉ~~!! 本、読んであげるねぇ~~!」

「うん!」

いちひとはいつもより更に嬉しそうに答えた。朝子はその笑顔を見て安心した。よかった、やっぱり私の考え過ぎだったんだ。

「じゃあ今日もこれ読んであげる」

「えぇ~またそれ?! 僕他のがいいなぁ~」

「ママはこれが読みたいの~っ! いいでしょぉ~~」

朝子にくすぐられ、いちひとはのた打ち回って笑い転げた。「ぎゃはははは!! くすぐったいぃぃぃ!! じゃあ他のも読んでよ!?」

「わかったわかった」

じゃれ合う2人の姿を見て、篤は苦笑した。「好きだなぁ、ママはその本」

「・・・うん! 読んであげたいんだぁ」

朝子は『くろぽんとともだち』という本を開き、いちひとを膝に乗せた。絵本のストーリーは、主人公のくろぽんと一緒に旅をしている友達のシホが死んでしまうという少し衝撃的なものだが、朝子はそれをここのところ毎日読んであげていた。

『・・・・・でもくろぽんは、もうちっともかなしくありません。なぜなら、うみのほしたちが、くろぽんをずっとみまもっていてくれるからです。

くろぽんは、さみしくなったとき、おほしさまにおねがいしました。うみのそこにいるおともだちに、ぼくのきもちをとどけてくださいって。おそらのほしも、うみのほしも、くろぽんのみかたです。くろぽんはそれがとてもうれしいのでした。・・・・・』

朝子はいちひとの頭を撫でた。

「いちひと、もしね、いちひとの大好きな人がいなくなっちゃっても・・・大丈夫。きっとおそらのお星様が、いちひとの気持ちを伝えてくれるんだよ」

「ふーん」

「さて、もう寝よう!」

「え~~他のも読むって言ったよ?!」

「あ~~そうだった、ごめんごめん!」

そう言い、朝子はいちひとと一緒に絵本を選んだ。その姿を見て、篤は満足して微笑んでいる。

その微笑みが数日後に失われてしまうことなど、その時の彼は知るよしもなかった。




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