2-57 心理戦、逃走



「度胸あるなぁオバサン・・・それは褒めてあげるけどさ。でもいい加減、大きい声上げてもらわないとこっちも困るんだよなぁ」

こいつら・・・さっきのヤツらと違う。目が普通じゃない。こんな奴らに有芯を・・・先輩として私は、絶対に会わせちゃいけない。何とか隙をついて、自力で逃げないと・・・!

朝子は見知らぬ男をじっと睨んだ。「嫌!」

「あっ、そう。じゃぁこういうのは?」

男の一人が朝子の胸を乱暴に掴んだ。一瞬歯をぎりぎり食いしばった朝子は、顔を上げるとニヤリと笑って言った。「痛いじゃない。そういうことはねぇ、もっと優しくやるもんよ?」

「このアマ、なめてんじゃねぇぞ?!」

男の一人がナイフを持ち出すと、さすがの朝子も顔色を変えた。

「どこがいい? 顔かな? それとか・・・あ、腹とかに刺さったら長い間痛いんだぜ、知ってたか?」

この一言で、朝子の頭は真っ白になった。彼女は理性を失い叫んだ。

「いやぁーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」



外から朝子の悲鳴が聞こえ、有芯は慌てて涙を拭きながら立ち上がった。

そして奥の部屋に向かって「お袋!! 絶対外出るなよ!!」と叫ぶと、「何かあったの?! 有芯!!」と叫ぶ母親を無視して外へ飛び出した。

うかつだった・・・まさかまだ仲間を呼んで待っていたとは・・・!!

朝子が先ほどの3人と、後から来たらしい4人に囲まれており、彼女の喉元にはナイフが突きつけられていて、有芯は青ざめた。そのうえ、朝子の顔には新しい痣がついていて、目に涙が浮かんでいる。

この野郎・・・あんな強い女に涙なんか出させやがったのか・・・!! 有芯は必死で理性を保ちながら言った。

「お前ら・・・きったねぇ真似しやがって・・・!! そのナイフ引っ込めろ!」

「ちょっと聞き忘れてただけだよ。このオバサン、よく見りゃ綺麗な顔してるんでなぁ。ひょっとして浦原朝子って名前じゃねぇ?」

朝子は落ち着いた声で聞き返した。「・・・どうしてそんなことを聞くの?」

「いやぁ、その朝子っていう人妻に、エミさんがそこにいる彼氏を取られたそうで」

「くだらねぇ」

有芯がぼそりと言うと、「なんだとテメェは黙ってろ!」と一人が言った。

「ついでにその朝子もちょっと傷ものにしてやろうと思ってなぁ! あんた、浦原朝子なのか? そうなんだろ?」

朝子は否定しようと口を開いた「私は、ち―――」

「そいつは確かに浦原朝子だぜ」

有芯の言葉に、朝子は絶句した。有芯は落ち着いた口調で言葉を続ける。

「でも、俺とそいつは何の関係もない。ただの先輩と後輩で、エミの勘違いだ」

「嘘はつかない方が身のためだぜ? お前の周りに、朝子って名前の女はこいつ一人しかいねぇだろうが?!」

有芯は鼻で笑った。「嘘じゃねぇよ。だってそうだろう?! そんな年増女より、エミの方がよほどいい女だぜ?」

「じゃあどうしてそのいい女を振ったんだよ?!」

朝子は怪訝な顔で有芯を見た。彼はすこぶる無表情で言った。

「飽きたからに決まってんだろ。だからその女は別に関係ねぇんだよ。もうそいつの顔見るのもうぜぇし、とっとと帰らせてケンカなら1-3だろうが1-7だろうが受けて立つぜ?!」

「おいおいおい、嘘はつかねぇ方がいいって言っただろ?!」

有芯は朝子に近づいた。

「来るな!! この女に傷がつくぞ?!」

「別に・・・いいぜ?」

彼は足元の土を拾うと、丸めて思い切り投げつけた。朝子の顔が真っ黒の土まみれになり、彼女は呆然とした。「・・・有芯?」

「言っただろうが、見るのもうぜぇんだよ! いつまでも先輩面しやがってなぁ!!」

有芯が更に土を投げようとした時、男たちが止めた。「やめろ、俺たちの服まで汚れるだろうが! でもまぁ、お前がこの女にマジじゃないってことは分かったぜ」

「うわぁ~この女の顔、汚ねぇ~。ひっどいことしやがるなぁ~」

「俺らも人の事言えねぇけどな?!」

有芯は男達の笑い声を聞きながら土のついた手を払うと、腕組みをした。「じゃそんな汚ねぇ女放っておいて、戦ろうぜ」

「いやぁ、この女には世話になったんで、やっぱり傷ものにでもしないと気がおさまらねぇなぁ」

「へぇ・・・そうか。勝手にしろよ」

そう言うと、有芯は腕組みを解いて一瞬だけ朝子に目配せをし、それに気付いた朝子は目を見開いた。

「まぁ、そういうことだ。あんたは少しかわいそうだが、これに懲りてもうでしゃばった真似はしないことだな、うざいんだとよ」

男がナイフを持った手を少し下げた瞬間、朝子が身を縮め、同時に有芯がナイフ男の手首を蹴った。音を立ててナイフが落ち、地面に弾かれ遠くまでくるくると回転した。

「お前・・・っ?!」

面食らう男たちをよそに、有芯は朝子の腕を掴むと自分の背中に隠した。

「お前ら、エミに言っとけ。俺は浮気なんかした覚えはない。『その人妻』を抱いたのはエミと別れてた期間のことだし、一回きりだ。本当に浮気したのはあいつの方だぜ? ま、そのことに関しちゃ俺は何とも思わないがな。伝言はこれだけだ。・・・お前ら、これでもまだあの女の肩持つのか?」

「うるせぇ、黙れ!!」

「エミさんの悪口言うんじゃねぇ!!」

有芯が飛び掛ってきたナイフの男を思い切り殴ると、朝子は自分の胸を鷲掴みにした男の股間を思い切り蹴り上げた。蹴られた男は呻き、男たちの間で怒声が広がる。

有芯は朝子の腕を引っ張った。「何やってんだ、逃げるぞ!!」

「うん!」




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