2-60 ショートした理性



神様ってやつがもしいるとしたら・・・そいつはものすごく意地悪な奴に違いない。

ラブホのベッドで、白い脚を投げ出し無防備に眠る朝子。こんな状況を楽しんでいるのだとしたら・・・俺はもう一生神ってやつには祈らない。

有芯は混乱する頭を何とかしようと、落ち着きなく部屋を見回した。2時45分を指しているごくシンプルな時計。窓はない。大きなテレビとラジオ、ベッドサイドのノート、避妊具。

有芯は何も考えないようにとテレビを点けたが、ついた瞬間慌てて消した。部屋はまた異様なほどの静けさに包まれ、彼の頭の中は相変わらず混乱したままだ。

有芯はおそるおそる朝子を振り返ると、彼女の顔を直視した。何も考えずにすやすや眠っている朝子を見ると、いろいろ考えすぎている自分にだんだん腹が立ってくる。

有芯はスカートから伸びる白い脚を見ないようにしながら朝子をゆすった。「おい、起きろ! ・・・起きろよ!! お前、分かってんのか?! 俺だってなぁ、男なんだぞ?! 男と二人きりでホテルの部屋にいるのに寝る奴があるか!? 寝込み襲われても文句言えねぇぞ?! おい!!」

朝子は顔をしかめた。「ん・・・っ」

そういう色っぽい声も出すんじゃねぇっ!!

朝子は寝返りを打つと、「寒い・・・」とだけ言い、また規則的な寝息をたてはじめた。前の利用客が冷房をつけていたのだろうか、部屋はひんやりとしている。少しはだけたスカートから覗く朝子の腿は、柔らかく彼を受け入れたあの時のままだ。

有芯はたまらず目を逸らした。くそ・・・! 俺はどうすりゃいいんだよ!!

彼は、注意深く朝子を抱き上げると、掛け布団をめくり、彼女を下ろした。布団をかけようとして、彼の手が止まった。

・・・・・。朝子・・・やっぱり少し痩せたか?

まだ少し土のついた顔も、包帯を巻いた脚も、以前より細くなった気がする。そういえば、どことなく顔色も悪いような・・・。

朝子に触れたい・・・。

有芯は朝子の頬にそっと触った。少し冷たい。前に触れた時は暖かかったのに。

朝子を抱き締めたい・・・。

有芯は震える両手を伸ばし、ベッドに横たわる朝子をそっと抱き締めた。

身体が冷えている。暖めてやりたい。

そこまで考えた時、有芯は慌てて朝子を抱き締める腕を解き、彼女に布団を掛けるとベッドから出来る限り離れた。

俺、今、何をした・・・? 何を・・・考えていた?!

有芯はすべて忘れようと頭を左右に何度も振った。

大丈夫、布団をかけたんだ、あいつはじきに暖かくなるさ・・・。

有芯は変な気をおこさないようにと自らバスルームに閉じこもったが、見えなくなるとよけいに心の中が朝子でいっぱいになってしまった。

有芯は頭を抱えながら、必死で自分に言い聞かせた。朝子はいつも俺のためを想ってくれている。・・・俺を振った今もそれは変わらない。

それがあいつの優しさなのか、俺への同情なのかはわからないが、朝子はもう俺なんかを必要とはしていない。あいつを抱けば、きっと前よりひどく傷つけてしまう。それは紛れもない事実なんだ―――。

それでも、思考の隙間から朝子の裸体やその柔らかな感触と声の記憶が洪水のように溢れ出し、理性と欲望に揺さぶられた彼の脳は麻痺してしまったかのように考える力を奪われていく。

朝子を・・・抱きたい。

有芯は、ショートした理性をかなぐり捨ててベッドに向かい、何も考えられないまま布団を剥ぎ取り、気付くと朝子に跨ってその唇に口付けていた。




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