2-68 子離れと彼女



結局、いちひとは迎えに来た朝子と家に帰りたがらず、そのまま彼女の実家に泊まることになった。

朝子の父親は「自分の子供の面倒は自分で見ろ! 何だ、何日も放っておきやがって!」と怒鳴ったが、妻になだめられ、いちひとに「おじいちゃん遊ぼう~!」とせがまれると、何分か後には機嫌を良くしていた。

朝子は悲しい気持ちになったが、なるべく明るい顔で別れようと、よく笑った。

それでいいのよ、いちひと。あなたは賢いわ。私なんかより、必要とすべき人をちゃんと分かっているのね・・・。

肩を落としたまま歩いて家に帰ると、朝子は丹念に家中を掃除した。

財布にあったレシートをゴミ箱に捨て、キッチンを綺麗に整頓する。

「もう、また絵本、出しっぱなしで・・・」

朝子は床に落ちていたくろぽんの絵本を手に取り、棚にしまおうとしてふと、手を止めた。

“ママ、邪魔!”

私が「子供には母親が必要だ」と意固地になっていただけで、本当は母親なんて必要ないのかもしれない。

あの子の母親は、きっと私じゃなくたって務まるんだもの・・・。むしろ、私じゃないほうがあの子にとってはいいのかもしれない。

私が・・・子離れできていなかっただけなの? ・・・いちひと。

その時玄関の呼び鈴が鳴り、朝子は絵本を棚にしまうと怪訝に思いながらもドアへ向かった。

この時間は、ろくな訪問者が来ない。きっとセールスか、そうでなければ宗教だわ。そう思いながらも、一応玄関に向かった彼女だったが、訪問者はそのどちらでもなかった。

顔を見て数秒考えると、朝子はその人物が何者なのかに思い当たった。かなり迷ったが、結局朝子は扉を開けた。

遠目でしか見たことがなかった有芯の元彼女は、近くで見るととても可愛い子だった。取り巻きの男が大勢いるのも頷ける。しかしまだ20代前後なのだろう、メイクにはあどけなさが伺えた。

エミは朝子を見るなり口を開いた。

「こんにちは。私、雨宮有芯の彼女です。今日はお話があって来ました」

朝子はしばらくエミの顔を見て思案した後、「どうぞ」と、家の中へ促した。



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