2-71 塵



エミは、浦原家の玄関から十数メートルほど歩いたところで立ち止まった。家から出るとき、最後に朝子に掛けられた言葉を思い出したのだ。

“あなたが悪いわけじゃないわ、だから気を落とさないで。気をつけて帰るのよ”

負けた。負けたわ。

あの人は……私よりもずっとずっと、ゆうのことが本気で好きなんだ。

それがはっきりとわかった。全部私の思い込みだった。

そのうえ私は身勝手な行動で、ゆうとあの人を更に深く傷つけてしまったんだわ……。私が悪いに決まってるじゃない。そんなふうに優しくされても自分が恥ずかしくて、惨めになるだけよ……。

エミはそこまで考えてはっとした。……しまった。私、後輩達が暴力をふるった件の謝罪もしてない。何よ、これじゃ恥をかきに行っただけじゃない……!

エミは来た道を戻ろうとした。しかし、その足は2、3歩で止まった。

今更……戻れない。

エミは自分の無力を思い知った気がした。道端で佇みながら、その場で叫びだしたい衝動を必死に堪える。

素直に謝りにも行けない。声を上げることすらできない。塵のようにただ風に舞ってゆくだけの自分………。

エミは歯をぎりぎりと食いしばった。目から涙が流れる。でも、それは有芯を失った悲しみが流させているものではない。

私は悔しいんだ。あの人に負けたことが………あの人はちゃんとゆうを愛して、愛されていた。これは、悔し涙。

もっと大人になりたい。

あの人のように、優しくて強い大人の女性になりたい。

次は―――絶対に、本気で好きになった人と付き合おう。

本当に好きになれる人を探そう。見栄やプライドじゃなく。

エミは涙を拭うと、わざと胸を張り歩き出した。



「可愛い子だったなぁ。……だめだ、やめてよ私!! 泣いちゃ、駄目だってば……っ!」

朝子は両手で顔を覆った。エミを見ていると、どうしても有芯と別れた頃の自分を思い出した。

私は、2回も振られちゃったのよね。なのによく有芯の元カノを気遣う余力が残っていたものだわ……。

不思議に思ったが、すぐになぜだかわかった。私はあの子が可愛かったんだわ…。後輩みたいに見えた。イヤね、未だに高校時代のつもりでいるんだから、おめでたい人よ私は……。

朝子は先ほどまでエミが腰掛けていたソファにフラフラとやってきて腰を下ろした。

窓から差し込む強い光が、部屋を舞う塵を映し出す。どれだけ掃除をしても、この塵というものは消えることがない。

それと同じように消えないものがあるとすれば―――。

「……………有芯、を………愛して、いるわ」

朝子は目を閉じた。視界が紅く染まり、頬を涙が伝う。

できるなら今すぐ死んでしまいたいと思った。自分が今この場に存在し息をしていることがたまらなく嫌だった。

でも死なない。朝子は静かに命の音を刻む子宮の辺りにそっと片手を当てた。

まだ死んじゃいけない。………この子を産むまでは、絶対に。



72へ


© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: