3-9 言ってくれ



東京行きをキャンセルし、その日から有芯は朝子を探すため、駅や交通機関を中心に奔走した。事情を知らされた智紀も仕事の合間に手伝った。二人は家出した人間が立ち寄りそうな場所や、朝子にゆかりある人物のところに片っ端から足を運び、タクシー運転手や駅員、一般の利用客などにも話を聞いた。

幸い智紀が部活時代の写真を持ってはいたが、10年前の写真であるうえ朝子はあまり大きく写っておらず、作業はかなり難航した。

そうして慌しく時が過ぎ、朝子が姿を消してからもう1ヶ月が経とうとしていた。

有芯は、朝子探しの拠点となっている智紀の部屋で、一人ぼんやりと携帯を眺めている。もうすぐ日が沈む時間だ。朝子と最後に会った日から比べると、もうかなり日が短くなった。

彼はぼぅっとしながら携帯に登録されている番号を順番に繰っていたが、『朝子の実家』と書かれた個所で手を止めた。彼は左手で頭を抱えると、朝子が消えてから何度ついたか分からないため息をまたついた。

電話をしても、取りあってもらえない。

行っても、会ってもらえない。

はっきりしたのは、朝子は実家にいない、ということだけ。

彼はふと、朝子が夫に残した手紙の一文を思い出した。

“確かにあなたを愛していたんだと思います”

有芯はギリギリと歯を食いしばった。10年もの間……あいつは朝子の伴侶だった。

“朝子は心にない男と寝るような女じゃない”

“女は、好きでもない男に触られようが抱かれようが、何にも感じない生き物なのよ”

やっぱり、あいつを愛していたんだな、お前は…。でなきゃ……二人の間に子供ができるわけがない……!

有芯は後ろ頭を掻き毟った。何嫉妬してるんだ?! 俺だってこの10年、女なしでやってきたわけじゃない。遊び感覚とはいえ、結構お気に入りだった女もいた……。

とは思うものの、本当は彼自身にも分かっていた。

俺の女性関係と、朝子と篤の関係は明らかに違う、全く違う。俺が今まで付き合った女の中で、顔と苗字と名前の一致する女が一体何人いる?! ……俺ってやつは、今まで一体何をやっていたんだろう?!

有芯は、気持ちを切り替えようと頭を左右に振った。とにかく今、朝子が愛しているのは俺なんだ。だって俺たちは、あんなに熱く抱き合ったじゃないか―――。

そこまで考えたものの、彼は朝子と篤の言葉を思い出し身を震わせた。

“アンタじゃ頼りになんてならないわよ!”

“貴様じゃ頼りにならんと思ったから、一人で行ったんだろうよ!”

有芯は息を震わせ、呟いた。

「………朝子」

その途端、みるみるうちに涙が流れた。

「朝子……朝子……朝子、朝子…朝子!!」

自信がない。

お前に会いたい。

会って俺を愛していると、お前の口から聞きたい…。

有芯は流れる涙を拭いもせず、目の前のテーブルに突っ伏し、記憶の中の朝子に向かって呟いた。

「言ってくれよ……俺を愛してる、って」




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