3-16 おまじない



ピリリリリリリ、ピリリリリリリ……………。

布団に入ったばかりの有芯は、携帯の着信音にまた飛び起きた。部屋の時計は午前二時過ぎを差している。

こんな夜中に、一体誰だ?! ……まさか……朝子?!

有芯は携帯を手に取った。着信はキミカからだ。

キミカは明るい声で言った。「遅くにごめーん、今大丈夫?!」

「大丈夫」有芯は若干緊張した声で答えた。キミカ先輩がやけに明るい。これはきっと最悪なことが起こったか、でなければ本当に喜ばしい事態か……。

「今さっきまで、アサ……ってか、篤くんちにいたんだけどね」

「こんな夜に?」

「うん。……別に変なことしてたわけじゃないわよ、勘違いしないでね」

「ああ、それより、あの野郎がどうかしたのか?」

「それがさぁ~」キミカはそう言ってため息をついたが、落ち込んでいるような様子はなかった。「篤くん、どうも騙されたみたいなのよ。頼んでたはずの探偵がね、中間報告に来なかったんだって。で、前金の75万円が、パァ」

有芯は、しばらく言葉を失った。

「……マジかよ………。バカじゃねーのあいつ。呆れすぎて、これ以上言葉が出ねぇよ」

「まあそう言わない……かわいそう過ぎて見ていられなかったわよ私は」

「まぁ……落ち込むだろうけどな」神妙な声でそう言ってから、有芯は嬉しそうに「これに懲りてちょっとはマシな人間になってくれればいいけどなぁ! あーいい気味!」と言い、祝杯をあげようとキッチンへウイスキーとグラスを取りに行った。電話の向こうでは、キミカが彼をたしなめている。

「もう……他人の不幸を喜ばないの! これでこっちは振り出しに戻った。また一からアサを探さなくちゃならないわ……篤君、大丈夫かなぁ」

部屋に戻ってきた有芯は、片手で器用に瓶の蓋を開けながら、もう片方の手に持っている携帯に不満をぶつけた。「キミカ先輩は、一体どっちの味方なんだよ?!」

キミカはクールに返した。「どっちもこっちもないわよ、私は、アサの味方」

「あっそう」有芯は苦笑するとグラスにウイスキーを注ぎながら、「お立場お察しいたします」と冗談めかして言った。

キミカは半分笑いながら「本当よ、大変なんだからね!! 板ばさみみたいな格好になっちゃってさ」と言い、「頑張るのよ、あんたたちも」と、いつもの涼しい、でも優しい先輩らしさのにじみ出るような声で言った。

有芯は、キミカに心の底から感謝しながら言った。「おう、もちろん!」

「篤君、すぐまた別の、今度は信用のおける探偵社に頼むって言ってたから。うかうかしてると、先越されるよ!」

有芯の、グラスに伸ばそうとした手が止まった。

「そうか……ヤバイじゃねぇか」

キミカは「私のおまじないの成果が、これから試されるってとこかしら?」と冗談めかして言い、ふふふと笑っている。

有芯は黙った。

「……雨宮? どうしたの? ……疲れてぶっ倒れた!? おーーーーい?!」

彼は後ろ頭をぐしゃぐしゃにした。「いや……大丈夫、何でもない」

「あんまり無理すんじゃないわよ?!」

「さっきと言ってることが違うぜ?!」

「無理しすぎるなって言ってるの、頭悪いわねぇ!」

「うるせぇ、どうせ赤色ばっかりの通知表だったよ!!」

有芯は笑うと、キミカにお礼を言って電話を切り、会話の途中で思い出しかけたことが何なのかを、ベッドに座って必死に考えた。

おまじない。………おまじない?

あのおまじない―――確かあの時朝子もしてくれたっけ。

あの時―――。

………あの、時?

有芯の脳裏に、大き過ぎる屋敷の長い廊下と短い茶髪をした車椅子の青年の笑顔が浮かび、彼は弾かれたように立ち上がった。

「そうか……俺にはまだ打つ手が残されてる!!」

彼は携帯を手に取ると、目的の番号を探した。が、途中ですぐさま着信音が鳴リ始めた。電話の主は、彼が今まさに連絡を取ろうとしている相手だった。懐かしい友人の声に、有芯はうっすら涙を滲ませながら声を絞り出した。

「宏信……!! よかった……宏信!」

しかし宏信はいつもの明るい声ではなく、口調は彼らしく優しかったが、どことなく緊張しているような、良くない雰囲気があった。

「よかった、繋がって……。有芯、元気だった? 実は大事な話があるんだ。あまり時間がないからかいつまんで話すが、今いいかい?」




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