3-25 最後のお願い



覚悟を決めた有芯は、朝子の実家の前にもう一度足を運んでいた。

いろいろ準備をしたりしているうちにもう日は落ちかけていて、川島家の玄関からは灯りが漏れている。有芯はその光景を見ながら玄関先に突っ立っていたが、ふと我に返った。

立ち止まっている暇はない。……きちんと話をつけなくては。

有芯が一つ深呼吸をし呼び鈴に手を伸ばしたその時、玄関の戸が開いて中から誰かが出てきた。有芯は慌てて「すみません」と言ったが、こちらに向けられた顔を見て彼は表情を強張らせた。川島家から出てきたのは朝子の夫、篤だったのだ。

「ふむ、ずいぶんとお久しぶりで」

篤はそっけなく言ったが、その目には憎しみの光がはっきりと見て取れた。

「こそこそと、ここで一体何をしているんだ? まさか、探偵に頼む金すらないものだから、この家に泥棒に入るつもりだったんじゃないだろうな?」

嘲笑うかのように篤がそう言うと、後ろから朝子の母親が顔を出した。

「………こんにちは」言ってから、有芯はもう辺りが暗くなり始めている事実に気付きくじけそうになったが、女性はうっすらと笑ったように見えた。そしてゆっくりと口を開いた。

「ああ……雨宮くんね?」

すっかり疲れた様子だが、それはいつものインターホンの声だった。よく見ると、少し開いた戸の隙間から、奥にいる朝子の父親の姿が見えた。彼は何事が起きたのかとこちらを伺っているようだ。

有芯は気を取り直して篤に向き合った。「あんたの方こそ、ここに何しに来たんだよ?」

「何しに、だって?! ここは俺の妻の実家だ。何をしにこようと自由だろう」

自分をじっと睨む有芯を見、篤はふふんと笑った。

「教えてやろうか? 俺の方の調査では、朝子の居場所はかなり絞られてきた。君の地道な捜索活動がどうなっているのか知らないし興味も無いが……早めに観念することだ」

有芯は篤の言葉を聞き思わず息を飲んだが、その顔を見た篤は有芯が焦っていると勘違いしたらしく、満足そうに車に向かって行った。

有芯は、篤がすっかり見えなくなるまで待ってから、朝子の母美代に話し掛けた。

「最後に、お願いに来ました。朝子さんのお父さんに会わせてください。……お願いします!」

有芯は、少し奥にいる本人にも聞こえるよう大きな声ではっきりと言い、頭を深く下げた。その瞬間、大きな声ではっきりと! と言った部活中の朝子の、茶目っ気たっぷりの笑顔を思い出し、彼は目に滲みそうになるものを必死に堪えた。泣くんじゃねぇよ俺。今は想像上の朝子に甘えてる時じゃねぇ……!!

頭を下げた状態のままでも、有芯には美代の迷いが伝わってきていた。やがて、別の気配を感じ彼が頭を上げると、目の前に有芯より少し背の低い中年男性の姿があった。




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