3-26 必然



有芯は6畳ほどの客間に通された。外観からは想像できないほどきりりと整った畳の部屋で、床の間にはぴしりとまっすぐな掛け軸があり、真ん中に置かれた座卓も位置がきっちりと定まっていた。やはり家主の几帳面さが伺える部屋だった。

「どうしても、俺に会うまで話をしないつもりだったんだな」

座布団に座りながらそう言う父親の前に、母親がお茶の入った湯飲みを置いた。

「はい。筋を通そうと思えばまず、家長に話をしろというのが父の教えだったので」

有芯がそう言い終えるのと同時に、彼の前にも湯飲みが置かれた。

「その父親はなぜ一緒にこないんだ? こういう話は、それこそ家長が出てきてするものだろう?」

有芯は躊躇したが口を開いた。「父は、6年前に亡くなりました。母は以前から体調を崩しているので、俺一人で来ました」

朝子の父は一瞬有芯の顔を少し驚いたような顔で見ると、短く「そうか」と言い、お茶に口をつけた。そして湯飲みを置くと、怒ったように「話というのは何だ?!」と言い放った。

有芯は極度の緊張を必死に押さえ込みながら、勇気を振り絞って朝子の父と目を合わせた。

「………すみません。朝子さんが家を出て行ったのは、俺のせいです」

目を見ていると、明らかに怒っている様子だったので、有芯はたまらず俯いた。

「朝子……先輩に家庭があるのは知っていたし、彼女に家庭を壊すつもりがないことも分かっていました。……でも俺は彼女が好きで……朝子、先輩も俺を好きだと言ってくれて……」

淡々と話しながら有芯は頭が混乱してくるのを感じた。朝子は一体あの時どういうつもりで九州に行ったのだろう? 会って俺に冷たくあしらわれれば気が済むとでも思っていたのだろうか? それとも初めから、一晩だけの関係を望んで俺に向き合ったのか?!



―――“よかったらお茶していかない? 久しぶりに話そうよ”

―――“なんで、って何?! 人を混乱させておいて馬鹿にしないでよ!! そっちこそなんで? どうしてあんな事したの?!”



……俺があの時、観覧車でキスなんかしなければ、あいつは今ごろ俺のことなんか忘れて普通に暮らしていたのかも知れない。

でもそれで本当にあいつは幸せなのか?

本当に幸せなら、あいつは俺に会いになんてこなかっただろう。

きっと心のどこかで、朝子は俺を必要としていた。

だからこうなることはきっと必然だったんだ―――。

有芯の話を、朝子の父が遮った。

「篤君から、だいたいの話は聞いていたが……どうやら話が食い違うようだな。……まず何だ、君が旅行先に朝子を呼びつけたわけではないんだな?」

「……はい、朝子先輩が俺の旅行先に突然来たんです」

言ってから有芯はしまった、と思ったが遅かった。

朝子の父親は溜め息をつくと苦々しく言った。「それはうちの娘の方が悪い。若い男をたぶらかして。だいたい男は誘われれば断れねぇ生き物なんだ、自分から行っておいて家庭が大事とか身も蓋もねぇこと言っても通るわけがねぇんだよ」

「ち、違います!!」

有芯は焦って言った。自分のせいで朝子が悪者にされるなど耐えられなかった。

「朝子、……先輩はそういうつもりで俺のところに来たわけじゃないんです」言いながら有芯は発言に自信を持てなくなってきたが、何とか話を続けた。「ただ……ええっと、一度会って気持ちにけりをつけたかったんだと思うんです」

「そういう考えが甘いというんだ!」朝子の父が怒鳴った。「だいだい、会っていなくても気になるなら、会えば気になって仕方なくなるのは必然だ! あの野郎、いっぱしに家庭作っててもまだそんなこともわかんねぇ阿呆女だったとはな!」

「朝子は阿呆じゃない!!」

叫んでしまった瞬間にもう、有芯はそれがとんでもない失態であることを悟ったが、今更引っ込みがつかなくてのろのろと話し出した。

「あいつはいつも俺のことを考えてくれました。人のことばっかり考えてるんですよあいついつも。高校の時だって、人の喫煙の罪かぶって廊下掃除やらせられたり、でも自分が辛い時は絶対それを見せようとしなくて。……多分朝子は、辛かったから俺に会いにきたんだと思います。俺になら……俺となら一緒に笑ったり、幸せに過ごせると思ったから」言いながら、今度は自分の発言に確信が持てることを感じ、有芯はせつなくなって胸の辺りの服をぎゅっと掴んだ。

しばらく黙っていた朝子の父が、口を開いた。

「お前、朝子の演劇の後輩だそうだな」

「はい」

「どおりで、あの頃の朝子そっくりだ。その計算高い話し方までな! それから人んちの娘を自分の女みてぇに呼び捨てにするんじゃねぇ!!……気に入らん!」

朝子の父が部屋を出て行こうとしたので、有芯は慌てて腰を浮かせ言った。

「あ、あのっ! 朝子、先輩の……居場所がわかったんです」

朝子の両親は息を呑むと、顔を見合わせた。

「……それは本当?!」

今まで黙っていた朝子の母が口を開いた。

「はい。篤さんはまだ知らないようですが……でも間もなく彼にも伝わるはずです。俺はこれから朝子に会いに行って、篤さんより先に彼女に会って、子供を守ります。……あの人は腹の子を殺すと俺に言いました。俺、朝子が……朝子先輩がそれを望んでいないことがわかるから」

朝子の両親は黙って互いの顔色をうかがっているようだった。

「だから、今日はお願いに来たんです。……朝子さんを俺にください」

途端に父親が有芯を殴り、母親は「あなた!」と叫んだ。

「お前!! ……朝子はもう嫁に行った身だ!! “俺にください”なら篤君に言うことだ!! 馬鹿野郎!!」

興奮してそう怒鳴り、朝子の父親は廊下の奥へと消えていった。




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