3-27 温かみ



朝子の母までもが父親の後を追って家の奥へ行ってしまったので、有芯は整然とした客間に一人取り残されていた。

両手をだらりと下げ放心状態でぼんやりと湯飲みを見ていた有芯はふと、近くに人の気配を感じ顔を上げた。途端に5歳ほどの男の子が、ふすまの影から出していた顔を素早く引っ込めた。

朝子は確か兄弟いなかったよな……となるとあの子はもしや……。

「ええっと……いちひと君、か?」

決して子供好きとはいえない有芯は、半ばヤケクソでそう言ってみた。が、男の子は頭だけ出して有芯を不審そうな目でしばらく見つめた後、足音を立ててどこかへ走っていってしまった。

有芯は頭を垂れ、正座した自分の脚を見ながら後ろ頭を左手で掻きそのまま右手で煙草を取り出そうとしたが、やめた。

実際に見ると身にしみる。……朝子には篤との間に、あんな大きい子がいるんだな……。

頭の中はいろいろなことでいっぱいで、彼は今までにないほど混乱していたが、やがてそれらすべてを思考内で整頓し終え、有芯は顔を上げた。

とにかく俺は朝子を連れ帰るんだ。今はそれだけを考えよう。

朝子の両親には、時間をかけて分かってもらえばいい。今はとにかく、とにかく朝子を助けよう。智紀の言う通りだ、今はへこんでる時じゃねぇ。早く朝子を迎えにいかねぇと―――。

有芯は立ち上がると、客間を出て玄関へと向かった。

「雨宮君、雨宮君!」

玄関で靴を履こうとしていた有芯は振り返った。朝子の母が慌ててこちらに近づいてくる。彼女は玄関まで来るとふう、と息をついて苦笑した。

「さっきはごめんなさいね」

有芯は思いもよらなかった謝罪の言葉に耳を疑った。「え……?!」

「お父さん、ちょっと言い過ぎたと思うから……」

「そんなこと……あれくらい言って当然ですよ」

有芯は軽く会釈をして、靴を履いた。彼が立ち上がると、朝子の母親はその肩をトントンと叩き、手に何かを握らせた。有芯が手を開くと、中には小さなお守り袋があった。

「……これは?」

「朝子を迎えに行くんでしょう? ……気をつけてね」

有芯の顔が歪んだ。彼は朝子のように優しい顔をした女性を心配させないように、何とか歯を食いしばって落涙を堪えると、小さな小さな人の温かみを握り締め頷いた。




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