3-28 妙な組み合わせ



帰り際、朝子の母に挨拶をしようと振り返ると、家の奥に子供の姿があった。有芯はそちらに向かって軽く眉を上げてから、苦笑した。

「お邪魔しました」

そう言い、彼が玄関の戸を開けるのとほぼ同時に、必死な呼びかけが背中に響いた。

「ねぇおじちゃん!!」

……………おじちゃん……?!

有芯は諦めて自分を“おじちゃん”だと認め、振り返った。子供らしからぬほど真剣に自分を見つめるその顔は朝子によく似ていて、彼は思わず目を細めた。いちひとはこちらに走ってくると、有芯の目前で止まった。

「おじちゃん、ママのところに行くんでしょう? 僕のママ、ちゃんと生きてる?! 死んじゃったりしてないよね?!」

朝子の母親が慌てていちひとを遮る。「こら、いっちゃん! ママは絶対に大丈夫よ。さ、お部屋に入りなさい」

冗談で言っているわけではないと、有芯にはすぐにわかった。彼は靴を履こうとしているいちひとの前にかがむと、静かに言った。

「今ならママは生きてる。でも、放っておいたら死んじゃうかもな」

「雨宮君?!」

遮る声を無視して、有芯は続けた。「でも大丈夫。“お兄ちゃん”が絶対ママを助けるから」

いちひとは靴を履き終えると、有芯をじっと見つめた。有芯はそんないちひとを見て、自分でも信じられない考えが浮かんでくるのを感じた。普通子供がそんな顔するか? 全く………さすがあいつの息子、あっぱれだぜ。

いちひとと有芯は、ほとんど同時に口を開いた。

「一緒に来るか?」

「一緒に行く!」

朝子の母が驚いた顔で二人を見つめた。有芯は一言「わかった。おいで」と言うといちひとの手を引き、彼女に向かって「では、この子を連れて行きます」とだけ言うと、玄関から外へ出た。

「待ちなさい!!」

有芯は振り返って、朝子の母をじっと見据えた。「何ですか? 俺はもうこの子を連れて行くと決めましたから」

朝子の母は怒りながらも小声で言った。「わかりましたどうぞ連れて行きなさい!! でも着替えも持たせないまま行かせられないわ!! すぐ荷物をまとめるからもうしばらくだけ待って!」

朝子の母はものの2,3分で荷物をまとめたいちひとのリュックを持ってきた。

いちひとは祖母に向かってにかっと笑った。「ありがとう、おばあちゃん」

その姿を見て、彼女は涙ぐんだ。「……子供の世話は本当に大変ですよ。ちゃんと面倒を見られるんですか?」

「見ます。……責任もって」

「………あの子の、お腹の赤ちゃんもよ」

有芯は驚いてしばらく口をパクパクさせてから、確認しようと慌てて音を発した。「あの……それって」

「勘違いしないでくださいね。まだあなたを認めたわけじゃないわ、選ぶのは朝子なんだから。………ただ、あなたは赤ちゃんの父親なのよ。それを忘れないで。あの子を………私の娘と、孫を………お願いします」

朝子の母親は頭を下げた。

「……………わかりました」

有芯は深々と頭を下げると、いちひとの頭にポン、と手を乗せた。

朝子の母親が小声で言った。「早くお行きなさい。お父さんに見つからないうちに!」

有芯は頷くと、いちひとの手を引き、早足で旅路へ向かった。




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