once 12 どん底の思い出



朝子と有芯は、互いの距離が縮まっていくのを感じずにはいられなかった。互いに冗談を言って笑い合い、朝子が人ごみで遅れをとると、有芯が彼女の手を引いた。それが不自然だとは、二人とも思わなかった。離れていた何年もの時間がまるで嘘のように、二人は本物の恋人同士に見えた。

「携帯壊したの?! どうせまた電話かメールにむかついて投げたんでしょう?」

有芯は大笑いした。

「違った?」

「違わねぇ。」

朝子も笑った。「いつまでそんなことやってるのよ?! あんた今いくつ?」

「26。先輩の、1つ下ですよ」

「やだぁ~私は27じゃないわよ」

「今5月だろ? 先輩は27」

「はぁ~。年くっちゃったなー」

「それはお互い様ってことで」

「まぁね・・・」

朝子はため息をついた。あれからもう何年経ったかな・・・。経ちすぎたわね、時間・・・。


二人は別れてから全く会わなかったわけではなかった。

同じ高校に通っているし、同じ部活だったから、学校に行けばイヤでも二人は顔を合わせた。

廊下ですれ違った顧問の教師には、

「川島! 何だその下着は! そんな派手な色のを見せられても、喜ぶのは雨宮くらいだぞ」とからかわれ、

朝子はあさっての方向を見て「うるさいなぁ、下着の色にまで口出しすんなよ。それに一言多い」と言った。

教師が去ると、朝子は部室で煙草に火をつけた。エロジジイ。雨宮有芯とは、別れたっつの・・・。

そうして授業をサボっていると、ときたま、有芯が来ることがあった。

「よっ」

「よっ、じゃねぇよ。先輩何やってんの?」

「何って、フケてんの」

「何だこの椅子?!」

朝子はパイプ椅子を6つ並べた上に寝ていた。

「ベッド。硬いけど悪くないよ。私どうしても夜眠れなくてさ」

有芯は無表情で言った。「寝るなら家で寝ろよ。俺は台本置きに来ただけだから。じゃ」

冷たい人。夜寝れないのは、あんたのせいよ・・・。

有芯は、朝子が演劇に身が入らないのを責めた。頼りにならない教師の分までみんなをまとめていた部長が、ボーっとして無言で煙草を吸いつづけるものだから、演劇部員はもうバラバラだった。

そのうち、有芯は学校に来なくなった。

有芯に会えなくなると、朝子はもっと夜眠れなくなった・・・。


少し疲れてベンチに座ったとき、朝子が言った。

「ねぇ、私たちなんで別れたんだっけ?」

「それは・・・俺が一方的に振ったから」

「そうだっけ?」

「・・・そうだろ」


(いってぇ・・・)

(あんた一体何してるの!? 楓を泊めてどうする気?!)

(どうもしないよ。楓が勝手に来たんだぜ。後でちゃんと帰すつもりだった)

(・・・・・)

(なぁ、俺、もう疲れたよ・・・。朝子、別れよう)


「そうだったかもね~」

「・・・俺、あの時安定剤飲んでてさ、感情が無かった」

「・・・えっ?」

「2学期くらいから、俺学校に来なくなったろ?」

「うん・・・」

「もう何もかもどうでもよくてさ。薬飲まないと壊れそうだったし」

「それでいつも無表情だったんだ・・・・・何で言ってくれなかったの?」

「あの時は、誰も頼れるやつなんかいないって思ってたから。薬に頼らなきゃ生きていられない異常な自分を誰も認めないってな。まぁ、その考え自体が今思えば異常だったんだけど。だから、智紀にすら言ってなかった」

「そうだったの・・・」

「先輩、そろそろあれ、行こう!?」

有芯は天高く聳え立つジェットコースターを指して言った。とたんに朝子の顔が引きつる。

「わっ、私は遠慮するわ~~」

「なんで? だってまだ絶叫系にちっとも乗ってない・・・ははぁ~」

有芯はニヤリと笑った。そうか。それで、九州まで来てわざわざ小さい遊園地に・・・。

「先輩、絶叫マシン苦手?」

「・・・そうなのよぉ、だからあれは勘弁してぇ~」

「却下!」

「マジ!? えっ・・・うっそぉーーーーっ!!!」

有芯は朝子の腕をつかみ、走り出していた。



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