once 15 不実な男



朝子は有芯のキスを受けながら、どうすることもできず体を強張らせていた。

なんで? どうする気? 放して・・・。そう思っても、どうしても手に力が入らなかった。

彼がキスをしながら、朝子を抱き締める腕に更に力をこめたその時、ゴンドラの扉が開いた。その時になって、やっと二人はそこが公共の場であることを思い出した。さすがに、有芯は慌てて唇を離さなければならなくなった。

「お二人さーん、お熱いところ悪いけど、終わりだよ」

係のおじさんに言われて朝子が「すっ、すみません!」と謝り、二人はまた転げるように走った。

何で私が謝ってるんだろう・・・。混乱した頭で、前を走る有芯の後ろ姿を見ながら、うっすら朝子はそう思った。たった今まで乗っていた観覧車の影が、遠くまで伸びていた。

この人・・・どうして私にキスなんかしたんだろう・・・!? 演技・・・? でも確かに、アマンダじゃなく私の名前を言った・・・ダメだ、何にも分からない!!

有芯は黙って朝子の手を握り走っている。彼女がその手を振りほどこうか迷っていると、有芯が走るのをやめた。

「なんで怒ってないの? 先輩」

振り返った有芯はなんとからかうように笑っていた。その態度を見た朝子に、みるみる怒りが湧いてきた。

「なんで、って何?! 人を混乱させておいて馬鹿にしないでよ!! そっちこそなんで? どうしてあんな事したの?!」

朝子の反応を見て、有芯はまた笑っている。カチンときて、朝子は彼の腹に拳を打ち込もうとしたが、軽く彼の手に止められてしまった。

「変わんねぇな、朝子は。女のくせにグーで殴るんだもんな」

「離せ! 気安く呼ぶな! 何で笑うの?!」

「朝子が可愛いから」

つかんだ朝子の拳をぐっと引き寄せ、有芯はもう一度彼女にキスをした。朝子は怒って有芯を蹴った。

「ヤダ! バカ! 嘘つき! 最低! 朝子って呼ぶな!」

「やれやれ、どこから突っ込んでいいやら・・・」

「スケベ! タラシ! 極悪! 変態! 人でなし!・・・」

朝子が黙ったので、有芯は言った。「悪口、尽きた?」

彼女は変わらず彼を睨みつけている。「嘘つき・・・」

「それさっき言ったろ」

「何回言ったっていいでしょ、しりとりじゃないんだから!!」

「何で俺が嘘つき?」

「“可愛いから”っての嘘でしょ?!」

「なんで?」

「人妻の心を弄んで喜んでたんでしょ?!」

落ちる寸前の夕日を浴びながら、有芯は笑って言った。「そうだよ」

朝子は言葉を失っている。彼女の怒りは頂点に達していた。

「でも、可愛いから弄んでるんだぜ。だから、嘘はついてない」

「信じられない、サイテー男!」言うと、朝子は出口を目指して歩き出した。

「朝子先輩、一人で行くと迷いますよ~」

「迷うか! 『出口→』って目の前に書いてあるわ!」

朝子は有芯を振り切ろうと歩を早めた。それでも、身長差のある有芯には平気でついて行けるスピードだ。

朝子はちらりと隣の有芯を見たが、構わず早足で歩き続けた。


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