once 19 航空券



「ねぇ有芯・・・有芯は、どうして熊本に来たの?」

「俺? 俺は別に、ただブラブラしに・・・」

有芯は朝子の顔を見て戸惑った。彼女が策略もカマかけもない、純粋な優しい目をしていたからだ。ある意味どんな策略よりも、怖い瞳。

有芯は観念して、打ち明けた。「本当は・・・人に会いに」

「人?」

朝子は優しい声で聞き返す。有芯は懐かしい感覚にとらわれた。昔もよく、先輩はこんなふうに俺の話すことを聞いてくれたっけ・・・。

「俺が・・・その、俺が殴ったせいで、今寝たきりになってる人。同じ年で、東高の男子だった・・・」

朝子は黙ったまま有芯の話を聞いている。

「10年前だよ・・・ちょうど、春演劇発表会の前日に・・・」

「覚えてるよ、肋骨折ったんだっけ」

「折ってたら舞台出られねぇよ。ヒビってただけ」

「そっか」朝子は悲しそうな顔をした。なぜそんな顔をするのかが気になったが、有芯は話を続けた。

「・・・で、そいつは熊本の田舎にある親の実家で、以来ずっと療養中ってわけ。毎年その寝たきり野郎の両親から、息子に会いにきてくれって、航空券が送られてくるんだよ。息子が会いたがっていますって」

「・・・それで、毎年会いに行ってるの?」

有芯は片手で頭を抱えた。「・・・・・いや。そいつのところには一度も行ってない」

「行ってないの? でも、毎年航空券が・・・」

「そいつの親父が株持ってて、航空券はタダみたいなものらしい。俺はそれでタダで旅行してるってだけ」

「あ、悪どい・・・」

「毎年じゃないぜ。3回のうち2回くらいは返してる」

「充分悪どいわよ!」

「・・・だよな」

有芯はため息をつき、笑って言った。「実はさぁ、俺、行こうと思ってもどうしても行けねぇんだよ。だって俺のせいで、若いのに寝たきり人生だぜ!? やってられねぇよ~! 俺がそいつの親とか兄弟だったら、殴ったヤツとっ捕まえてぶっ殺すだろうよ。・・・それに、俺はあいつの死にそうな顔を一回見てる。だから何度飛行機に乗っても、行けない・・・思い出したくねぇんだ」

有芯はうつむき、煙草をもみ消した。朝子はしばらく有芯を見ていたが、小さなため息をつくと、彼に手を伸ばした。しかし、触れることなくその手を下ろし、うつむいた。


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