once 26 秘められた過去(6)



俺は狭い進路指導室の中で、石田と向き合って座った。進路指導室は多くの棚に囲まれ、それ以外には、俺たちが座るニ脚の椅子の間に小さな机があるだけだ。

「調子はどうだ?」

「・・・まあ、ぼちぼち・・・」俺の頭の中には、台本の台詞のことしかなかった。

「雨宮?」

俺はぼーっとしている自分に気付いた。「わっ、すみません」

石田は苦笑した。「ま、新学期が始まって間もないからな。無理もないか、さて」

そして、石田は持っていたファイルを広げると、突然言った。

「なぁ雨宮、川島君はどうだ?」

一瞬、何を言われたのか理解できなかった。俺は耳を疑った。

「・・・・・・・・え?」

「付き合っているんだろう?」

「・・・付き合っていませんけど」

石田は興味深々といった風で聞いてきた。「振られたのかな?」

「・・・なんでそんな質問に答えなくてはならないんでしょう?」

石田は手元の資料らしきファイルに目を落とし言った。「雨宮、今は進路指導の時間だ。質問には真剣に答えてもらわなくては困るよ。じゃぁ、次の質問に行こうか」

俺はほっとした。が、その安堵は見事に打ち砕かれた。

「川島君は、君に抱かれるとどんな声を出すんだい?」

「は・・・?」

「高校生だもの、セックスくらいしただろう」

「そういう問題じゃねぇだろう? 今って進路・・・」

「そう、進路指導だから真面目に答えてくれ。君は、川島朝子君を・・・舐めたことがあるか? どんな味だった?!」

興奮して聞いてくる石田に俺はついにキレて、勢いよく立ち上がった。

「そんなことをお前に教えてどうなるんだよ!? 朝子先輩は俺らの大事な部長だ・・・俺の女であろうがなかろうが、お前に教えるわけねぇだろ!!」

俺は拳を固めて石田に近づいた。

「まっ、待て待て、進路指導中だぞ! 今この俺を殴れば退学にする!!」

「そっちこそクビになりやがれ!!」

俺は石田の腹を思い切り殴った。ひょろひょろの数学教師は、無様にドアにぶち当たった。ふと目に留まった、机の上のファイルには・・・校庭を歩く朝子の写真と、体育授業の写真(大勢が写っているが、明らかに朝子を狙って撮っている)。そのアングルから、間違いなく職員室から撮ったものだと分かる。もう一枚は・・・机に頬をつけて眠っている朝子のアップの写真・・・しかも、大きく引き伸ばされていた。これは、まさか授業中に撮ったのか?! 俺はそれらを抜き取ると、おそるおそるページをめくった。

・・・・・見るんじゃなかった。

俺は顔だけ朝子に張り替えられた18禁写真の山をファイルごと奪い取ると、間違いを犯している目の前の教師を見据えた。石田はうつろな目で、あろうことか俺を見て笑っている。気持ちが悪すぎて今すぐ吐くことすらできそうだった。鳥肌が、ざわざわと全身を覆うのを感じた。

「資料を・・・返すんだ、雨宮・・・さぁ」

俺は怒りと嫌悪に打ち震え、どうにも抑えられなかった。

「この変体野郎・・・!! 俺の・・・朝子にこんな・・・」

俺は石田の髪を掴むと、今度は顔を殴った。ヤツが棚に当たりガラスが割れ、俺はその破片を掴み細かいガラスにまみれた石田の目の前に突きつけた。俺の手からは血が色も鮮やかに滴ったが、痛みは全く感じない。

「今後もし朝子に何かしてみろ、俺らが・・・俺が」

そう言った瞬間、ものすごい音を聞きつけて、授業に出ず職員室にいた教師全員が俺の暴挙を止めにすっ飛んできた。

「石田先生?! 雨宮、落ち着け!」

俺は体の両側からがっちりと押さえこまれながら、ガラスの刺さった両腕を振リ上げ叫んだ。「このクソセクハラ教師! 許さねぇ! 先生、あいつ、セクハラだぜ、先生なんて呼ぶんじゃねぇよ! サイテーだぜ、離せよ、殴らせろ、石田ァ! このヤローっ!」

「落ち着きなさい、雨宮! とにかく保健室だ、お前こそその手を離せ」

俺を押さえ込んでいた教師が、俺の握っているガラスを取ると、みるみる血が噴き出した。俺は、意識を失いそうになりながら、保健室へ連れて行かれた。


俺は、結果的に朝子を守ることにギブアップしてしまった。

茫然自失となった俺を、あの脚本が一瞬我に返らせてくれたのに、俺は再び、今度は永遠に、朝子を失った・・・。

その日、俺は応急処置の後病院に行かされ、病院で担任から説教を受け、3日間の謹慎処分となった。笑える話だが、殴られてガラスを被った石田よりも、ガラスを握った俺の手のほうが重症だったようだ。

結局、オーディションは受けられなかった。俺は3日間、『once』の脚本を睨みながら悔し涙を流しつづけた。

幸いアマンダは1年の楓が演じることになり、俺の心配は取り越し苦労に終わったが、オーディションに来なかった本当の理由を知らない朝子は、大事な日にヒョロ教師を殴ったせいなのか、青い顔をしてしばらく口もきいてくれなかった。

しかし、俺が本当に参ったのは、演劇部の事にではなかった。

石田の発言を、俺はその場にいた教師全員にばらしたはずだったが、それが見事になかったことにされていたのだ。俺が言いがかりでもつけて、石田を殴ったことになっていた。

教師達は、退学にはしないから、どうか公言しないでくれと、俺に気持ち悪いくらい優しく接し、学校に行けば、石田がいやらしい目で俺を見てにこーっと笑うのだ。

俺はこのことで誰も信用できなくなった。というより、もう何もかもどうでもよくなったのだ。退学になったって構わなかったが、石田と戦う気力すら俺は失っていた。

そして安定剤なしでいられなくなり、そんな自分がイヤでイヤでたまらなくなった俺は、ほぼ不登校になった。


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