once 27 掴んだ手



「俺は、石田を殴った後も、先輩と付き合える機会を待ってた。・・・でも、その後すぐに朝子先輩は、キミカ先輩の紹介で今の旦那と付き合いだしたんだったよな」

そこまで話すと、有芯は黙ってもう何杯目か分からなくなったウォッカトニックを飲み干し、両手で髪をかき上げ、そのままの状態で肘をついた。

朝子は遅すぎた真実に何も言えず、ただ溢れてきそうな涙をこらえることしかできなかった。

信じられなかった。彼が、自分を守ってくれていたなんて。何も言わず、一人で戦っていたなんて・・・。

やっとのことで顔を上げると、朝子は仰天した。有芯が涙を流していたのだ。彼自身が、とっくの昔に枯れたと思っていた涙を。

「朝子・・・」有芯はうつむき、後ろ頭を抱えたまま、無表情で涙を流し続けていた。

「やだ、泣かないで・・・有芯、どうしちゃったの?」自分も泣きそうになりながら、朝子が無理に明るくそう言うと、有芯は涙で光る顔を上げた。

「俺・・・お前が、好きだった・・・」

朝子の目から、涙がこぼれた。

「嫌いなんかじゃなかった・・・」

朝子と有芯は、しばらく無言だった。先に涙を拭い口を開いたのは、朝子だった。

「・・・私たち、なんでこんななんだろうね。あんたが石田のヒョロを殴った日のこと、私よく覚えてるよ。その日、越田さんが私に会いに来たから」

「越田・・・剣道部の先輩の?」

「そう。・・・あの人ね、あんたが私に振られた友達の仕返しに、私を弄んだんだって言ってた」

「・・・信じたのか、それ?」

「・・・信じたくなかったけど・・・でも、私があんたの友達を振ったのは事実だったし」

「お前、俺のことそんなヤツだと思ってたのか?」

「どうかしてたよね・・・」言いながら、朝子の目から涙が後から後からあふれ出てきた。このことが、ずっと心に突き刺さっていたのだ。

「相手にするなって言ってたのに・・・」有芯の目からは、まだ涙が出つづけていた。

「私たち・・・もっとちゃんと話をすればよかったのにね・・・。有芯の肩の荷半分でいいから、一緒に抱えたかったよ・・・」

そう言うと、朝子は有芯に手を伸ばした。「・・・お願いだから、私のせいで泣かないで・・・」

しかし彼女の手は宙で止まり、ためらって引っ込めようとした。その手を、彼が掴んだ。

「行くな・・・朝子・・・」

そう言うと、朝子の手をがっちりと捕らえたまま、有芯はがくりとテーブルに伏した。

「有芯!? 有芯!!」

朝子は慌てて立ち上がり、掴まれていない方の手で有芯を揺さぶった。そして、彼が眠っているだけだと分かると、ほっとした。

朝子はしばらく涙の跡がついた彼の寝顔を見つめていた。その後、彼女は彼の顔をハンカチできれいに拭くと、握られた手を離そうとした。しかし、どんなに頑張ってもむしろ強く握り返されるだけで、有芯の手は絶対に彼女を離そうとはしなかった。


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