once 35 巨大な屋敷



公園を出てしばらく坂道を登ると、ほどなく目的の家らしきものが見えてきた。

朝子は、眉間にしわを寄せてその建物を見上げている。

「有芯・・・もしかして、あれじゃないよねぇ・・・?」

「・・・・・」

近づくにつれ、疑念は確信に変わっていく。そして、ついに大木家―――いや、大木邸に到着した。

「これ、だ・・・間違いなく」

有芯が言うと、朝子の顔が青くなった。「ウソでしょ・・・学校みたい・・・」

ちょっとした丘の上に建つ大木邸は、驚くほど大きかった。周囲の緑に調和した黒い木の建物は、和風でもあり、洋風でもある不思議な雰囲気で、ひなびた木の外壁と、いくつも連なる白い枠の窓が違和感なく馴染んでいる。門と塀に囲まれた庭が、これまた広い。たくさんの木には花が咲き乱れ、白い花びらが風に舞っている。

有芯はというと、朝子よりさらに青い顔で、屋敷を見つめていた。

「俺・・・帰りたくなってきた・・・」

「やめてよー苦労してここまで連れて来たのに! 行くよっ!」

「まっ、待てよ、頼むからそうさっさと進むなって! この家、相当広いぜ?! こんなデカイ建物に住んでるのはな、間違いなく政治家かヤクザだぞ!? 監禁とかされたらどうするんだよ?! 庭に死体だっていくらでも埋められるぞ?!」

それを聞いた朝子は有芯の顔の前に、立てた親指を翳し笑った。「そんなの、ただのお坊ちゃんかも知れないじゃん。心の準備なんて後からすればいいの!」

「できるか!」

朝子は有芯を無視して、一人走り出した。

「おい待てって!」

そういった瞬間、有芯ははっとした。

もし、先輩が言うように、大木の親が俺を恨んでいないとしても・・・喧嘩の原因は先輩だ。そんな事実、とっくにやつらは調べて知っているだろう。

もしかすると先輩は恨まれているかもしれない・・・! 何で今まで気付かなかったんだ!? 一緒に来たのは、やっぱり間違いだった・・・!!

「おい止まれ! 頼む、俺が行くから!!」

しかし朝子は門をくぐり、遊歩道を走り抜け、まるでリレーのバトンを渡すように、颯爽とインターホンを押していた。

「何てことするんだ!? バカだろお前!! 覚えてろこのヤロォ!」

有芯は小声で恨み言を山ほど言いながら、走って朝子を追った。

インターホンからは、若い女性の声がした。『どちら様ですか?』

朝子は「あ・・・私は、えーっとタ、タイボ・・・」ととんでもないことを言いかけている。

有芯はやっとのことでインターホンまでたどり着くと、朝子を遮り「雨宮と申します。宏信さんに会いに来たのですが、ご在宅でしょうか?」と言った。

インターホンの女性の声は、『雨宮さんですね。少々お待ちください』と言った。

朝子がベーっと舌を覗かせると、有芯は憎憎しげに彼女をこづいた。

少しの沈黙の後、『どうぞ、お入りください』と言う声と同時に、玄関の大きくて重そうな扉が、轟音とともに開いた。


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