once 42 感謝表明



君と後から現れた君の友人が不良たちを倒していくのを、僕は一人、夢でも見ているかのように眺めていた。

途中で、僕はそれが夢だと信じて疑わなくなった。これは夢だ・・・だってほら、よく見えない・・・ん?

息苦しい・・・胸が痛い・・・手が、動かない・・・!?

僕は極度の興奮状態のおかげで、自分の体調がずいぶん前から悪化していることに気付いていなかったんだと思う。普段は自分の体調に至極気をつけているのに、このときばかりは自分の体に用心深くなることを忘れていた。常備していた薬も手元にない。成す術がないことが分かると、僕は途端に頭が真っ白になった。

今までに味わったことがないほどの苦しさの中、僕はその苦しみに比例して激しい自己嫌悪に襲われた。

僕は、君を守れなかった。君にはあんなに立派な彼氏がいて、彼が君を守り、僕は結局、何もできなかった・・・。

そして自己嫌悪と共に、死への恐怖がだんだんと僕を蝕み始めた。

その時、雨宮君が僕を呼んだんだ。君は、恐怖で凍りついた僕を殴りつけ、蹴飛ばした・・・。その時の衝撃で、あれほど苦しかったのが嘘のように、僕の意識が薄らいでいった・・・。

有芯が無表情なのを見て、朝子は彼の傍に来るとその手を強く握った。握り返される感触を確かめると、朝子は心配そうに有芯の顔を覗き込んだ。

脳塞栓症、とかいったな。脳の血管が詰まったんだよ、若かったのにね~。その後の記憶はあまりない。雨宮君が救急車を呼んでくれたことは、なんとなくわかったけどね。

宏信は有芯が真っ青になっているのを見て、苦笑いをした。

僕は元々の病弱さと無理がたたってこんな体になったけど、後悔はしていない。父は僕を殴った雨宮君のことを怒ってたけど、雨宮君に殴られなくても、あの状況じゃ僕はきっと半身不随になってたんじゃないかな。僕って体中弱いじゃない?! 殴られて脳塞栓症なんて、聞いたことないし。

言って、宏信はまたにこぉーっと笑った。よく見なければ分からないが、その笑顔は僅かに左右非対称だった。

「それに雨宮君、僕は君に感謝してるんだ」

有芯は驚いた。「感謝・・・だって?」

「そうだよ」宏信は有芯をみて微笑んでいる。

「どうして、俺に感謝なんか・・・」

「僕、さっき言ったよね。どうしても君に言いたいことがあるって」

「ああ・・・」

「それを今言うよ。あの時、僕を殴ってくれて、ありがとう。あの時君に殴られなかったら、僕の気がすまなかった。僕を叩きなおしてくれて、本当にありがとう」

有芯は言葉が無かった。

「それから、救急車呼んでくれてありがとう。僕は隅っこにいたし、君がいなかったら誰も僕に気付かなかったかもしれない。おかげで、人生をまた一からやり直すことができた」

そこまで喋ると、宏信は肩の荷が降りたといった感じで、ふーっと長いため息をついた。

「やっと言えたよ。ありがとう、川島・・・朝子さん」

朝子は一筋の涙を流し、その顔は苦渋に満ちていた。「ありがとうだなんて・・・私のせいでこんなに迷惑掛けたのに・・・」

それを聞いて、宏信は一点の曇りもない笑顔で言った。

「何言ってんの! 朝子さんは悪くないよ。僕が無力だっただけだよ。僕はあの時必死で助けを求めてた。朝子さんを助けてくれるならどんな事だってする、って。そして、雨宮君が君を助けてくれた。だからね、僕を殴って雨宮君の気が済むのなら、それでオーケーだったんだ。それに何より、君たちがいなかったら、今の僕はない。僕は、今の僕が好きだ。だから、君たちに感謝してる。・・・本気だよ?!」




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