once 43 堰を切った思い



「タイボク君・・・」なんて心の大きな人なんだろう。朝子は涙が止まらなかった。この人ともっと前に知り合っていれば・・・あるいは私と有芯は別れていなかったかもしれない・・・。そう考えている自分に、朝子は慌てた。そう考えてしまうと、かわいい息子である一人の存在を否定することになる。

「僕は、あれから左半身と、下半身がほぼ動かなくなった。でも、前よりも現実世界にいるようになった。動けないのに変だけどさ、なんだか闘志というか、希望・・・みたいなものが僕の中に滾っていたんだ。僕はそのエネルギーを、何かに役立てたいと思った。それでね、まずはバスケを好きになった」

宏信は得意げに笑った。「すごいよね? あんなに嫌いだったのに。僕がまずやったのは、バスケ好きになることだったんだよ。そして、障害者の地域生活確立のための運動に参加した。毎日がすごく充実して、僕は今までで一番、生きた心地がしたよ。リハビリも頑張った。体がすごく辛いのに、あんなにめげすに頑張ったことは、もちろんはじめてだった。

僕はそんなリハビリの合間によく、バスケの試合を見た。こんなふうに、体を動かせるなんて、すごい。どれだけ勇気をもらったことか」

しばらく無言だった有芯が口を開いた。「大木・・・君・・・」

「宏信でいいよ・・・何?」宏信が言った。朝子は有真の顔を見てぎょっとした。彼は、朝子の知らない有芯だった。普段はクールな彼のこんな顔を、彼女は見たことがなかった。有芯が、子供のように泣くなんて・・・。

「宏信、ごめんな・・・」

「いいんだよ。よく来てくれた」

「もっと早く来なくちゃならなかった・・・」

「今日来ることが、きっと運命だったんだよ」

「お前ってやつは・・・お前ってやつは・・・」有芯は膝を折り泣きじゃくっていた。朝子は、自分が泣くのを必死でこらえ、傍らで彼の背中をさすった。

「辛い思いをさせて、ごめんね。僕はまだうまく両手が使えなくて、手紙は父が書いたんだ。父は君のこと怒ってるから、僕が上半身なら起こせるようになったことも、僕が君を恨んでないことも、何にも書かなかったんだろうね」

「きっと違うわ」

朝子が言った。

「タイボク君のお父さんだって人の子の親。あなたは、こんなにいい子に育ってるんだもの、お父さんはあなたを信じて、あなたの思いをちゃんと知って理解していたはず。きっとあなたの口から、直接有芯に伝えてほしかったのよ・・・」

宏信は不意をつかれたようで、しばらく朝子の言ったことを考えていた。それから、今までで一番の笑顔を見せた。

「そうだね。きっと、そうだよ!」

有芯は朝子に背中をさすられながら、少しずつ落ち着いてきた。

「でも、どうして俺は警察にも何にも厄介にならなかったんだろう」

「まだわからない? 雨宮君が警察に事情聴取されないように、僕が頼んだんだよ。傍から見れば被害者は僕なんだから、僕がいいって言えば、それで済む話だろう? それに、僕の父は警視庁の高官なんだ」

「そうだったのか・・・どうりで・・・」

その時、扉をノックする音が部屋に響いた。とたんに緊張が走った有芯と朝子をよそに、宏信は嬉しそうな顔で「どうぞ!」と言った。




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