once 52 こんなに愛してる



裸で力なく横たわったまま、流れた涙を拭いもせず朝子は言った。「私、結婚してるんだよ・・・」

有芯は優しく朝子の髪を撫でている。「・・・知ってるけど、朝子は朝子だよ」

「母親だよ・・・」

「分かってる。でも女だろ。母親だと、男に抱かれちゃいけないか? 母親と女って違う生き物なのか?」

「有芯・・・私、あなたが本当に好きだった・・・」

「分かってるよ」

「今更なんて、ひどいよ・・・私はもう他人の女で、子供だっている・・・あなたの元に戻ることはできない・・・・・もう誰も傷つけたくないの・・・あなたの事も、傷つけたくない・・・」

朝子の目から、涙が一気に溢れ出した。有芯は朝子の涙を拭うと言った。

「俺は朝子が正直になってくれるなら、傷つけられることなんか怖くない。もうあきらめないし、二度とお前を投げ出したりしない」

「有芯・・・それは、無理だよ・・・私は・・・息子を・・・一人を守らなくちゃ・・・」

朝子は大粒の涙を流し、しゃくりあげ始めた。

「朝子・・・」

有芯は、彼女を強く抱き締めた。そうすることで、彼女の悲しみを少しでも癒せればいいと思った。だが、彼のその行動は彼の強い想いと悲しみを彼女に伝え、朝子を尚のことしゃくりあげさせた。

「わかった。・・・それならせめて今日だけ、俺のそばにいてくれる?」

「今日・・・だけ・・・?」

「それでも駄目? お前が望むなら、明日からもう会わないようにする・・・。俺、このままじゃ生殺しだぜ?・・・それに・・・この気持ちをどう処理していいのか、わからない。俺もお前も、このままじゃ悲しすぎる・・・。俺はこの悲しみを忘れたい。お前の悲しみも、癒したい・・・」

涙目を見開いた朝子を見つめ、有芯は苦しそうにつぶやいた。

「愛してる。・・・朝子、本当の気持ちを言えよ・・・今も俺が好きだって言ってくれよ・・・お前に嘘をつかれるより傷つくことなんて、俺には何もない・・・・・」

有芯は朝子に覆い被さり、キスをした。その瞬間、朝子が必死で守っていた最後の理性が飛び、朝子の腕が、有芯を抱き締めた。

「朝子・・・」

朝子の涙で、有芯の頬が濡れた。「悔しいよ・・・」

涙を流す朝子の瞳は、初めて彼女の本心を映しだしていた。

「今でも・・・こんなに愛してるなんて・・・」




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