once 59 嫉妬、悲涙



朝子は勇気を奮い、有芯の肩をゆすった。「有芯?」

「あ・・・。ごめん、何?」

「どうしたの?」

「いや何でも」

有芯の表情を見ると、表面上は普通に見えたが、僅かな硬さで少し慌てていて、それを隠そうとしている風に朝子には感じられた。「・・・あの女の子がどうかした?」

「は? 女の子?!」

有芯は驚いた顔をして先ほどの女の子集団を見、すぐに朝子の顔を見ると大声で笑い出した。

朝子はむすっとして有芯を見ている。「何で笑うのよ・・・」

「お前、俺が他の女に目移りしてると思ったのか?!」

「違うの?」

「あはははは、違うに決まってるだろう?! 女なんか見てねぇよ」

有芯は朝子の手を引くと、ぎゅっと握り締めた。朝子の胸が切なさでいっぱいになった時、彼が囁いた。

「朝子以外の女なんて、俺には女に見えない」

「じゃあ何で見てたのっ?!」朝子は涙声になっている。

「だから、女は見てないって言っただろ」

「見た~!!」

「殴るなよ、痛っ、こら!」有芯は笑いながら朝子を抱き締めた。

「何で笑うの・・・」朝子は有芯の腕の中で呟いた。

有芯は朝子を強く抱き締めながら、「嬉しいんだよ、嫉妬してくれるなんて」そう言うと腕を緩め彼女を見つめた。朝子は悲しみと戸惑いが半々の顔で、有芯を見ている。

「嫉妬なんかじゃないもん」

有芯は優しい笑顔を見せ朝子の頭を撫でた。「嫉妬だろ?」

朝子は否定を諦めると、有芯の背中に腕を回した。「・・・今日は私を見てて」

「オーケー。・・・今日だけじゃなくて、ずっと見ていたいんだけどな、俺は」

途端に朝子は硬直した。有芯は彼女の反応に、ため息を返し、力なく笑った。

「・・・ごめん。俺、こんなこと言うつもりじゃなかったのに」

「・・・。ごめんなさい」

「ははは・・・まあいいから、あの店、行くか!」

有芯は朝子の手を引き、喫茶店に入った。彼女の向かいに座ると、有芯は充実したパフェのメニューを朝子に渡した。

「ほら、不安にさせたお詫びに、デザートおごるから」

朝子はむくれて、有芯を睨んだ。「・・・何よ、食べ物で釣ろうとして・・・」

有芯はふっと笑い「釣れる女だろ、お前は。何にする?」そう言うとテーブルの上で朝子の手を握った。

「もう・・・えーと」

朝子が渋々選んでいると、有芯は「ちょっとトイレ」と、席を立った。

朝子は一人ぽつんと取り残され、情けない気持ちでテーブルを見つめ、ため息をついた。夫と別れ、有芯と付き合う気などないのに、有芯に嫌われたくない自分はひどい女だと思った。

しっかりしなくちゃ・・・私は・・・母親なんだから・・・一人の、たった一人の母親なんだから・・・。

明日になれば、全てが元通り。私はまた、ただの主婦で、普通のお母さんに戻る―――。

だから、有芯を愛するのは今日だけ・・・・・・。

家に帰ったら、一人といっぱい遊んであげよう。一人はママっ子だから、喜ぶだろうな。ちゃんといい子にしてるかしら? 絵を描いたよって言ってたわね。見たら思いっきり褒めてあげよう。

会いたいな・・・一人に会いたいなぁ・・・。

気が付くと、朝子は絶望的な気持ちで泣いていた。

・・・なんで?

朝子本人にも分からなかった。今まで息子のことを考えて、こんなに悲しい気持ちになったことはなかった。

・・・ごめん・・・一人・・・。ママ、どうしてこんなに悲しいんだろう・・・ごめん、ごめんね・・・。

朝子はテーブルに崩れ、肩を震わせて涙を流していた。





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