once 67 決意



「ん・・・朝子・・・」

有芯を舌で愛しながら、朝子は上目遣いに彼を見た。その表情の愛らしさに有芯は微笑み、彼女の乱れた髪を撫でた。

朝子は有芯の顔をじっと見つめたまま、その唇の中に彼を吸い込んだ。

「あ・・・あさ・・・こ・・・」

有芯は、言いながら彼女の肩を掴んで抱き寄せ、身体を重ねようとした。が、その時生々しい感触が消え、有芯は突然、目が覚めた。

あれ、俺、一人・・・?!

「・・・朝子?」

彼女はもういないと頭では分かっていても、それを受け入れられない有芯の心が彼女の名前を呼んだ。

「朝子!」

気配がないと気付いていても、奥のバスルームから朝子がひょっこり顔を出すことを願って。

しかし返事はない。

有芯はベッドから出ると部屋の奥まで歩いて行き、バスルームのカーテンに手を掛けた。もしここに隠れて笑っていやがったら、絶対許さねぇからな・・・!

しかし中には誰もいない。

朝子が消えた。

俺の側から。

何も言わずに。

朝子が・・・

有芯はバスルームに立ち尽くし、阿呆のように頭の中で繰り返し事実を反芻した。

そのうち、自分が何も身に着けていないことに気付くと、有芯は機械的に服を着、ベッドにがっくしと腰を下ろした。

何やってんだ、俺・・・。

有芯は昨夜、朝子が決してどこへも行かないようにと、彼女の身体を両腕で強く抱き締めたまま、夜通し起きているつもりだった。

いつの間にか、寝ていた、なんて・・・。まだ話したいことも・・・たくさんあったのに。

なんて馬鹿なんだろう、俺は・・・。寝ていて朝子を行かせてしまったばかりか、一人で助平な夢見て立ってるし・・・。

有芯は両手で頭を抱え、必死で自分に言い聞かせた。

いや、これでいいんだ・・・俺が知らない間に、朝子が行ってしまったのはむしろよかったんだ。でないと俺は、別れを切り出す朝子にみっともなく泣いてすがったかもしれない。

これでいいんだ・・・

「これで・・・いいんだ・・・」

気付くと有芯は、口に出して言っていた。言葉と共に涙がこぼれ、朝子が言ってくれた愛のこもった言葉達が、後から後から押し寄せてきた。

「昨夜、散々抱いた・・・んだし」

―――初めてだね・・・私たち

「もう人妻なのに・・・俺を一日だけでも愛してくれたし・・・」

―――ますますあなたを失うのが恐ろしくなるだけ・・・

「だから、これで俺は満足するべきなんだ・・・それで、朝子が幸せ・・・なら」

―――それは・・・どうしようもないくらい、あなたを愛してるから・・・


―――心の底で、ずっとあなたを愛しててあげる。・・・きっと死ぬまでね。



「だから・・・俺は・・・このまま・・・・・このまま、黙って引き下がることはできない―――!」


有芯は乱暴に顔を洗うと、時計とキーを引っ掴み部屋を飛び出そうとした。その時ふと、テーブルの上に、朝子の忘れ物が光っているのを見つけた。

有芯は、朝日を受けキラキラ輝く三日月に願いを掛けるようにそっとキスをすると、片方だけのピアスをジーンズのポケットにしまい、部屋を出た。




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