once 68 絶望と希望



有芯は、朝子が泊まっていると言ったAホテルに着いた。

朝子は、たしか明日の飛行機で家に帰ると言っていたはず。それなら、きっとまだこのホテルにいるだろう。

外出してなきゃな・・・。有芯は建物の中をちらっと覗いた。受付には、銀縁眼鏡を掛けた堅そうな中年女性が座っている。

さて。有芯は首をひねった。このままじゃただの不審人物だ。どうやって朝子のことを聞き出すか・・・。

有芯はポケットの中のピアスに触れた。これでいこう。

「すみません」

銀縁眼鏡の受付嬢は、有芯を見上げ、「はい?」と義務的なスマイルを返した。

「川島朝子さんという方が、こちらに宿泊しているはずなのですが、その方の忘れ物を預かっているんです」

受付嬢は一瞬怪訝そうな顔をし、名簿らしきものをチェックすると、眉間に皺を寄せて有芯を見上げ、言った。

「申し訳ありませんが、お客様の個人情報をお知らせするわけにはまいりません」

有芯はカチンときて声を荒げた。「ならどうして今、名簿を見たんですか?!」

受付嬢も負けじと胸を張った。「見たっていいでしょう?! 私はここの管理を任されているんですから」

有芯は必死で食い下がった。「きっと彼女は忘れ物をして困ってるんです!! 何とかしていただけませんか?!」

受付嬢は胸を張ってつんと言い放った。「そんなことをおっしゃられても困ります!」

有芯は拳の形を成した右手をなんとか下ろし、プライドを捨て叫んだ。「お願いです、彼女に会いたいんです、川島朝子はいるんですか、いないんですか?!」

受付嬢はついに大声で怒鳴った。「いませんよっ!! そんな名前の方はこちらに泊まっていらっしゃいません!!」

「えっ?! そんなはずは・・・」

言いかけて、有芯ははっとした。そうだ・・・朝子の苗字は、もう川島じゃないんだ・・・。

「あ、すみません、苗字を間違えていました・・・。では朝子という名前の宿泊客はいますか?!」

「・・・苗字は、何とおっしゃるんですか?」

「・・・知りません・・・・・あの、おねがいします、何とか」

「いい加減にして、お引き取りください!! 警備のものを呼びますよ?!」

「あーそれは勘弁してください、時間がないんで!」

言うと、有芯は建物の中へダッシュで逃げた。

「こら~!! 外へ出なさい!!」

受付から見えない位置まで来ると、有芯はありもしない超能力で朝子を探し出そうと集中力を高めながら、10階建ての建物の中をのろのろと彷徨った。

朝子・・・。

俺は、おまえのことを、本当に何も知らないんだな・・・。

本名すら知らない・・・お前が今どこにいるのかもわからない・・・。超能力もない・・・携帯も壊れて、ない・・・。

フロアでは若い清掃の女の子が額縁を磨いている。彼女は不思議そうな顔でものすごい形相の有芯をちょっとだけ見ると、また自分の仕事に戻った。

暑さと緊張で額を汗が伝い、有芯はだんだんめまいがしてきて、目の前にあった休憩所の椅子にどっかりと腰をおろした。

気付けば、朝食どころか水すら飲んでいない。有芯は少し落ち着かなければと、震える指でポケットから小銭を取り出した。小銭と共に出てきた朝子のピアスが床にチリンと落ち、それを清掃の子が拾った。

「あ・・・ありがとう」

差し出されたそれを受け取り、有芯が自販機に向かおうとした時、女の子が彼に声を掛けた。

「あの! ・・・もしかして、今朝まで2階のお部屋に泊まってた女性の・・・お知り合い、ですか?」




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