once 74 祈り



有芯は受話器を叩きつけるように電話を切ると、搭乗口に向かって駆け出す朝子の前に立ちはだかり、彼女の腕を掴むと、自分を睨む瞳を覗き込んだ。

「散々探したんだぞ、朝子・・・」

「・・・何で? 何で探したりするの?!」朝子は腕を引っ張ったが、力で有芯に敵うはずもない。

有芯は悲鳴に近い声で叫んだ。「俺たち・・・このまま離れ離れになっていいのかよ?!」

「このまま、離れ離れにでもならないと・・・!」朝子は有芯の手を振り切ろうと暴れた。「・・・ねぇ離して! 私、行かないと乗り遅れる・・・!!」

有芯は外をチラリと見て言った。「・・・それなら、大丈夫」

有芯が懸命にもがく朝子を捕らえ、その胸に抱きしめた時、タイミングよくアナウンスが流れた。

『ANE837便は、天候悪化のため、離陸を1時間延長いたします。』



有芯は、自分の腕の中で力の抜けた朝子の髪を、祈るような気持ちで撫でた。外には有芯の不安を煽るかのように、暗雲が立ち込め始めていた。

「・・・愛してる」

朝子は無言だ。

「・・・俺には、お前が必要なんだ・・・」

朝子は何も言わない。

「今ならよく分かる。あの時から、俺は朝子しか見えてなかったってことが。あれからいろんな女と付き合ってみた。・・・でも、お前と一緒の時みたいな幸せは感じられなかったし、お前を抱く時みたいな、熱い気持ちにもなれなかった」

有芯は朝子の沈黙を心に痛いほど受け、指の震えを抑えるように、彼女を更に強く抱き締めた。

「俺は、朝子の状況と戦う。・・・これからもずっと、お前だけを愛していたいから」

腕の中の朝子が震えているのを感じ、有芯は彼女の顔を見た。彼女は彼を睨みつけていたが、その目はひどく震え、潤んでいる。

「だから、行かないでくれ・・・ずっと俺の側にいてくれ・・・今度こそお前を幸せにしてみせる」

有芯は朝子の頬を両手で包み、唇にそっとキスをして言った。

「朝子、結婚しよう」




75へ


© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: