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かつて、
この本を、読んだことがあって、

ブラザー・ローレンスという修道士が残した、
わずかな談話と書簡を集めた小冊子
「敬虔な生涯~神のみ前にある修練~」。
彼は絶えず神との交わりを求め、
修道院の台所で皿を洗う時も、聖堂で祈る時も、
同じように神の臨在を実感し、魂の喜びと平安を味わいました。
(ブラザーローレンスが、
あのイエズス会か否かは、さておき、)日常の生活において、
(台所の皿洗いを含め、)
24時間が礼拝、と言うところに、
いたく感動した記憶がある、そうなのだ、
日曜日に教会に行くことが、礼拝ではない、礼拝とは24時間マター、
ひとつひとつ、
生活の一挙一動が神への礼拝、そうして、今週の礼拝メッセージで、
ピーターのメッセージから、再確認、
礼拝を中心におくと、
すべてが守られると、そして、(荒野聖研の証からの紹介で、)
礼拝は24時間絶え間なく続いている、
料理のときも、掃除のときも、その時、天の助け人に頼むのです、
すると、彼は、来てくれるのです、
助けてくれるのです、そもそも、 一日24時間、
あらゆる生活分野 において、
彼が関わらないはずがないのです、彼とは、イエス様です、
礼拝と言うと、
実は、もっと、シンプルで、
自分から、イエス様に向かう、
敬虔な物事に思えるが、
生きていること、
生活そのもののように思える、
しかも、礼拝の主体は、
自分ではあるまい、
一日24時間、
関わり(礼拝)を 待っているのは、
他ならぬイエス様の方だろう、
そんなイエス様に、
聞かない、頼まないなんて、
まさに、宝の持ち腐れ、気張らず、かっこつけず、
また、隠さず、オープンに、助けてくれー、
イエス様!!オレはもうだめだ、
イエス様!!これって、
最高の礼拝だと思う、
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