古エジプト文化期は、いわば一人の人物によって代表されるものといわれる。その人物は、ヘルメスである。ヘルメスは、トートとも呼ばれ、時の神、叡智の神とも呼ばれている。一人の人物といっても、現代のように一個の個人、一人の人生をあらわすものではない。なぜなら、現代人のような個人認識をもつ自我を有していなかったからである。
古エジプト人は、現代人のような一個の独立した人間ではなく、何代もの記憶と、先代の意志を受け継いだ、いわば民族として一個の人間であったという。だから、ヘルメスといっても、ヘルメスという名の指導者が、何代も続いたというわけである。つまり、ヘルメス何世というべきものなわけである。例えば、日本の天皇なんかがその名残りでもあるだろう。
早い話、現代人は、神々と独立し、霊能力を失ったために、一個の個人としての自我認識を得て、生死を送る、昼の目覚めた人生を意識するようになったのである。なので、代わりに、現代人は眠っている間の自我認識が、なくなったのである。対して、古代エジプト人は逆で、夜でも若干の霊能力を有していたから、眠ると霊世界を感じることができたわけである。その代わり、昼は、現代人のようには、はっきりとした感覚をもっていなかったようだ。
このような、朝目覚めて、自分の肉体のなかに入り、外から昼の光を浴びて、物質を感覚的に捉え、夜、眠りにつくと、肉体から出て、宇宙のなかにひろがり、意識をいわば無意識のなかに解消する、自我認識の自我そのもののことを、神話では古くから「船」と呼んでいるのである。
つまり、自我は、宇宙船なのである。
現代人は、夜中その宇宙船に乗っていることは、霊能力がない限り、感じることはない。それは、昼のあまりの物質的感覚のなかに、肉体そのものが、宇宙船そのものだと錯覚しているからでもあるという。
論理脳(左脳)からくる物質知(感覚)により、自我=肉体だと錯覚しているのである。そして、脳が捉え、構築する画像そのものが現実だと思い込む習性をもつのである。いわば、人間は、物質脳が好む論理的な幾何学(意識)のなかの洞窟に棲息する住人といえるのである。プラトンは、これを否定しイデアを唱えたわけである。
つまり、物質脳により、肉体=自我と捉えている。
神秘学によると、実は、このような意識を生み出したのが、エジプト時代のミイラつくりであったという。古代エジプト人は、肉体を魂を運ぶ船だと捉えていたから、肉体を保管しようとしたわけである。もっとも、古代エジプト人のミイラつくりの真の意図は、エジプト時代の霊能力を、そのまま保てるための、肉体を保持することであったようだ。古代エジプト人は、人類が将来、霊能力を失うことになることを知っていたのである。
これら霊的な叡智の多くは、アトランティス時代の文化の伝承発展からきていたという。その指導者が、ヘルメスという人物なのである。
ヘルメスは、ゾロアスターの弟子であり、ゾロアスターは、インドの7聖仙の弟子であり、インドの7聖仙は、マニの弟子であるという。マニは聖書にもある、ノアであり、神々から教えられたノアの箱舟をつくったあの人物であり、マニ教の伝承者でもあるという。
マニは、アトランティス時代の太陽神託所の指導者であったという。マニは、アトランティスの大破局(大洪水)を見通し、きたるべきポスト(後)アトランティス時代の文化を創設するために、7人の弟子を集め、インドに深く潜伏したという。
インドの地から、エジプトへと文化の種を蒔いたという。他にもアトランティス時代の生き残りの民族があったという。それが中国となったという。アトランティス時代の文化は非常に優れたものであり、生命(気)力を操作したものであったという。しかし、中国の素になった民族は、発展性がなく、いまでも中華思想にみられるような、進歩を排し、自己の栄華に閉じこもるような保守的で排他的傾向があるので、インドに伝承された発展的なアトランティス文化とは、対極的にあるという。この対極性は、いまでも中国とインドの思想に唯物的に悪い意味で深く遺伝されているという。
遺伝性そのものが利己性によるもので、悪いものであり、発展性がないから、当然といえば当然であるといえよう。
ヘルメスは、マニから伝えられた人類の進化の道筋を伝承されたといえる。人類の進化の道筋とは、秘儀参入法であり、神々との交信であるだろう。
ピラミッドは、天の神々を地に写し取った霊的な幾何学的存在なのである。神殿であり、秘儀参入法である。そこで、民族の頭である民族長が、秘儀参入法により、神々から叡智を受け取り、周囲を霊化(法則化)していったのである。ミイラをつくることにより、自我が、肉体のなかに入り込むようになっていき、やがて現代人の昼の物質的感覚からくる意識をつくりだした。
ピラミッドは、宇宙から人間ができた象徴でもある。人間は頭からでき、民族は、頭である民族長から生まれる。それがピラミッドである。ピラミッドは人間の頭部を表す。神々が幾何学を形作ると信じられていたからである。
エジプト人は、あらゆる方向からの神々の力が集まって幾何学的図形ができると考えていたのである。雄羊宮、雄牛宮、双子宮、巨蟹宮は、ピラミッドの上部、底面、左右一対、そして囲い込む面を表すのであろう。これは同時に人間の頭部でもあり、前世を運ぶものでもある。
スフィンクスは、人間の胸部であり、人間に、思想、感情、意志を表す、こころが生まれたことを表す。獅子宮、処女宮、天秤宮、天蠍宮は、獅子、女、翼をもつスフィンクスの形となっていく。獅子は心臓(こころの象徴)の強い動物であり百獣の王、処女は、成熟し生まれ死ぬ存在、天秤は、霊的世界と物質的世界の均衡を保つ存在、そして、蠍は毒であり、毒から防衛し、免疫(自己認識)をもつ存在である。
つまり、スフィンクスは人間の現世である、生命存在を表現している。
そして、当時の古代エジプト人の階層は、人馬宮、磨羯宮、宝瓶宮、双魚宮から、狩人、畜産家、農民、商人という職業体験を生み出し、その職業体験は、次の来世の頭部を形作るのである。よく働く者は、よく頭を動かすものとなるだろう。
古代エジプト人は、ヘルメスの教えにより、神々から生まれた人間の存在の意味をよく理解していたといえる。
それらの教え、古代の叡智を、イシスとオシリスの神話に残したのである。イシスから、オシリスが奪われ、いま人間の下にあるということを、それが自我であり、宇宙船であるということを!
かって、神々と人間は1つであった。それはイシスとオシリスが1つに結ばれていたように。しかし、人間は、神々から独立し、集合的自我(民族霊)から、分離し、霊的世界から下り、物質世界に目覚め、個人的自我となった。イシスからオシリスが奪われたのである。
イシスは、オシリスと結びついていたときは、美しい歌声を奏でた(天空の音楽)が、オシリスが奪われてから、イシスはもはや悲しみで歌わなくなった。
人間は霊能力(霊聴)を失ったので、霊的(神々の)世界が奏でる天空の音楽を、聴くことができなくなったというのである。人間は、霊的感覚器官を失ってしまったという。
それを再び取りもどすことが、我々の時代の課題であるという。エジプト時代が再考されるのは、その前触れであるというのである。
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