シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2006年09月22日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 現内閣の総括をしておく。しかし現内閣はまるで陳腐なTVドラマの集大成であり、虚の下に成り立っており、実質は、米国依りの官僚が行っているから、総括以前の問題だといえるだろう。恐らく、国民に媚を売らなければ、現総理大臣は、現職につけなかっただろう。指導者として、国民に媚を売るのは、指導者の責務を放棄していることに他ならない。教師が生徒に媚を売れば、教師たる意味をなさないのと同じだろう。民主主義とは、国民の我儘や利己心を尊重することではない。国民を、自由と愛に目覚めさせること、人類の意識を向上させることである。指導者自らが、国民のために意を砕いて努力する姿勢、態度がなければならない。

 退任が見えた昨今においても、「国旗・国歌で起立・斉唱強制、都教委通達は違憲」との判決に対し、現総理は、三権分立の精神を知らないのか、「法律以前の問題じゃないでしょうかね。人間として、国旗や国歌に敬意を表すというのは」と述べ、疑問を投げかけたという。もう慣れっこになったとはいえ、総理大臣の資質、及び責務を、疑いかねない発言である。恐らく、評論家や芸能人と同じような感覚で発言している意識なのだろう。法律以前の問題にしているのは何処の誰で、法律化させるまでに放置したのは何処の誰か?

 司法、裁判においては、法律を吟味しているのであり、法律以前の問題こそ、政治や内閣が責任を負うことだろう。法律において、国旗・国歌で起立・斉唱を強制することが、違憲であるとしているのであり、国旗・国歌で起立・斉唱しなかった者の精神を問題にしているのではないのである。もし、それを問うならば、自主的に、国家に忠誠を誓うような精神を育成できなかった政治、内閣こそ、その責任は重いといわざるを得ないだろう。なんのことはない、総理大臣という責務の自覚がないから、その責任を他に転嫁し、批判している堕落した精神の持ち主であることを、自ら露呈しているといわざるをえない。恥ずかしい発言そのものであろう。国家に忠誠を誓えないのは、現政府に信頼がもてないからである。このような不真面目発言の総理を誰が信用できるのだろうか? 私は、そのような精神の持ち主に聞いてみたい、「あなたの自由と愛の概念は、独裁者に敬礼することとかわりがないのですね?ではその違いを述べてくださいと。」

 国民に、このような堕落した精神を、みせつけた害悪は計り知れないといわざるをえないだろう。一言で言って、全く不真面目な態度そのものである。このような堕落した精神の持ち主が上層部に就くと、賢者は、馬鹿らしくて、野に下り、隠遁した生活を送らざるをえないだろう。

 はっきりいって、ここ5年間、日本人の精神は堕落しているように思えてならない。自分だけ幸せになればよいという利己主義的な風潮が蔓延し、会社や国家のためといい、トップの欲呆けのために、平気で人を切り、著しく雇用関係は悪化し、若者は路頭に迷い、社会は不安定性に満ち溢れ、その危機感から、使い物にならない近年の古ぼけた風習、原理原則を、我儘な子供のように振りかざしている人々が多くなった。日本人の精神には、もっと助け合いの精神、一人ではなくて、皆で、幸せになる努力があったはずなのである。

 一人だけが幸せにあることは、最も神々が嫌うところのものであるだろう。なぜ、その幸せを分け与えてあげないのか?とたちまち、疑問を投げかけるだろう。それは覚者となった仏陀に、その教えを広めなさいと説いたブラフマンの如き、菩薩的な態度こそが本来の人間のとるべき道であるとお示しになるだろう。

 他者の不幸をもとに、自らの幸せを貪るものは、地獄に堕ちるだろう。

 たとえ、愛国心が、崇高なものだとしても、このような総理大臣が指導者に就いている国を愛する気持ちなど、誰がもてるのだろうか、真っ平御免である。このような国家を愛さない権利こそ、真の自由として尊重されるものだろう。このような虚偽の愛国心は、かってのヒトラー政権に敬礼したドイツ国民の精神に酷似するものだからであり、それはまた、この国の大政翼賛会と同じでもある。

 その精神とは逆の「私が不徳であるから、国民が敬礼してくれないのだろう。全くもって申し訳ないことです。国民が安心して敬礼をしていただけるよう一層の尽力に勤めるつもりです。」と国民に懺悔するのが、指導者足る謙譲の資質であろう。それを逆に、国民を罵る神経こそ、どこか不純のものに思われてならない。勘違い総理大臣とは、困ったものである。元々その資質に欠いたものがコネで地位に就くから社会不安が増すのである。これは当たり前の原則でもあろう。





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Last updated  2006年09月22日 17時27分46秒
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すこし  
武侯仁従  さん
>「法律以前の問題じゃないでしょうかね。人間として、国旗や国歌に敬意を表すというのは」

すこし。この判決の要旨は、その命令・訓令自体が問題ではなく、現行の「国家・国旗」自体が問題ということです。
そもそも敗戦・憲法改正以前の国歌・国旗を継続して使うこと自体、下手すれば、サンフランシスコ講和条約や東京裁判否定を公然と国際社会に示しているとも言える。戦前礼賛とも誤解される国旗・国歌を使用続ける無責任さが問題。君が代の2番作るとか、日章旗の前は実は「菊のご門」が国旗だったとすればいいのだ。

現実逃避と責任逃避の産物かもしれない。

再見! (2006年09月22日 18時45分38秒)

追記  
武侯仁従  さん
5dolphinさま
>はっきりいって、ここ5年間、日本人の精神は堕落しているように思えてならない。自分だけ幸せになればよいという利己主義的な風潮が蔓延し、会社や国家のためといい、トップの欲呆けのために、平気で人を切り、著しく雇用関係は悪化し、若者は路頭に迷い、社会は不安定性に満ち溢れ、その危機感から、使い物にならない近年の古ぼけた風習、原理原則を、我儘な子供のように振りかざしている人々が多くなった。日本人の精神には、もっと助け合いの精神、一人ではなくて、皆で、幸せになる努力があったはずなのである。

人々がエラク近視眼な対処療法的で過激な方策を口口にするのをマスメディアでもネットでも見る。
過剰に現実に直面して、それから逃れる・逃避のために考える事を放棄しだしたようだ。
蘇軾が「正論は迂論に近い」と言っている。今の正論の士は昔日の「平和ボケ・人権派」と同一視される。恐ろしいことだ。

再見!
(2006年09月26日 12時43分37秒)

Re:追記(09/22)  
5dolphin  さん
どうも武侯仁従さま
 旅行にいってまして、ブログを放置プレーしていてすいませんでした! まさしくおっしゃられる通りです。
 国家間の紛争解決が問題なのであって、国旗・国歌の敬礼は二の次だと思うのですがね。どうも、日本は内向きというか? その愛情があるなら、北方領土返還や、北朝鮮拉致問題に向けてほしいのですがね?
 強制して敬礼させたからって、国家間問題が解決するとはいえないでしょう? 錯誤もいいとこなんです。今の政治家は、真の問題を認識する能力が無い証拠といえるでしょうね? 戦中と同じなんです。何が問題なのか、無能の一言です。弱いものに八つ当たりしているだけですね。米に日米安保からロシアに言ってもらう方が先でしょうね。 (2006年09月28日 23時24分20秒)

政治家はまず愛国心の模範となれ!  
5dolphin  さん
 不正や汚職等は言うに及ばず、自己保身、自己財産、そのようなものを一切、自ら投げ捨てて、国家というものに尽くしてこそ、まず、国民の信が得られるのでしょう。政治家というのは、私財、財産なんかもっていては、いい仕事なんかできるはずがない。政治家の財産とは、国民の信頼なのです。大体、2、3世なんかのボンクラが出てくるようじゃ、それ自体で、政治家失格なのです。いまだ中世と同じで、それ以下ともいえる。私利私欲でやっている証そのものです。国家よりも、自分たちの利益が優先すると世間に、のたまっているようなもの。恥を知れ!
 政治家は聖職なんです! もはや、いまでは堕落して、政治家は汚職の代名詞となりましたね。精神が病んでいる証拠でしょう。 (2006年09月28日 23時33分44秒)

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