シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2009年05月19日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 さて、人生においては逆もまた存在する。逆というのは、本来、青少年期のみに展開されるべき器官作用を、(後まで)残しておくということである。主として子供時代や青少年期の為に存在する器官が、全生涯を通じて、使用されることが起こるが、それは本来、弱められた状態で起こらなければならない。でないと有害な結果をもたらすからである。

 例えば、究めて多種多様な原因により、精神分析が、今日の人間の思考全体に入り込み、混乱を生む可能性のある分野となった。

 大きな誤りというのは本質的には、最も有害ではなく、大きな誤りはすぐに反駁されるからで、むしろ最も有害なのは、多少の真実が混じっている事柄で、なぜなら、そのような事柄は極端にまで押し進められ、誤用されるからである。

 精神分析の路線(軌道)上を走る世界観の到来のために、一体何が生じているのか?

 止むを得ないとはいえ、人間を外の環境に全く適合させない今日の様々に不自然な生活様式によって、子供時代に人間に印象を与える多くが、消化されずに残る、ということが起こっている。

 適切な形で生体組織に編入されないものが魂生活に組み込まれたままになってしまう。というのも、魂生活においての作用全てが、まだ軽い作用でも、持続していき、或いは少なくとも生体組織に対する作用にまで持続するからである。

 ところが、現代の子供たちにあっては、魂の印象に留まり続けるほど異常な印象が数多く存在しているわけである。これらの印象が、すぐに器官的印象へと転化することは不可能である。そうすると、これらは魂の印象として作用し続け、人間の発達(成長)全体に関与する代わりに、分離した魂衝動として、存在し続ける。

 これらの印象が器官の発達(成長)全体に関与すれば、つまり、上記のように分離した魂衝動のままでなかったら、これらの印象は、後の人生において、本来、高齢期の為にだけ存在し、もはや青少年期の印象を役立てる為に存在するのではない(高齢期の為の)器官を用いなくなる。

 (つまり、子供のときのための器官作用が分離し、残されるために、後の、高齢期のための器官作用に干渉してしまう恐れが生じる。すると、俗に精神病と呼ばれる状態が生じてくるという。)



 ここで生じるものは、実際、精神分析的方法を正しく適用すれば確認できる現象である。人間を教理問答的に診断すれば、その人の魂生活のなかに、消化されず、消化するには、既に老いてしまった器官の中で破壊的作用をするような、ある事柄を見つけ出すことができる。

 しかし重要なことは、この精神分析の道を通っては、決して治療には到達できず、単なる診断に至るだけであるということである。この場合、精神分析を単に診断としてだけで用いるという立場を維持するなら、ある種、正当であるとはいえる。

 しかし、適切な順序に則って正しく精神分析が実行される場合に限られる。

 例えば、分析者に対する、非難、批判めいた手紙が寄せられ、それらにより裏づけられるような悪事が生じないなら、すなわち、精神分析家たちが、教理問答的診断において、あらゆる可能なことを、患者から強制的に引き出そうとして、患者の発言を、実際、スパイのように監視人さえ使って、あらゆる可能な状況を通じて、監視人によって獲得する、というようなことが生じなければ、という場合に限られる。

 このようなことは実際しばしば起こっているので、酷い不正が隠れているのが当然とも言えるほどである。しかし、この点を度外視すれば(実際、このような事柄においては、携わる人たちの道徳的状態が非常に重要である)、次のように言える、

「診断上では、精神分析にも多少の真実が含まれている、しかし、精神分析家がとる道筋においては、治療上の作用を及ぼすことは、決して不可能である」 、と。

 これもまた時代の現象と関わりがのあることである。





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Last updated  2009年05月19日 19時19分03秒
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Re:シュタイナーの人智学的医術その109(05/19)  
忠武飛龍  さん
久しぶりですね。

ちょうどこのことは、「痴呆症」のように思えます。

精神分析でわかっても対処しきれない。というくだりは、知人の漢方薬局さんがなんとなくそれを示唆してます。
でも多くの精神科で、「薬漬け」が未だに行われる日本て?何なのでしょうか・・・。
私はそれに巻き込まれず幸いでしたが・・・。

どうもありがとうございます。

再見! (2009年05月20日 18時08分39秒)

Re[1]:シュタイナーの人智学的医術その109(05/19)  
5dolphin  さん
どうも現代孔明こと忠武飛龍さま

こちらこそ、お久しぶりです。

世の中も、ようやく包括的、或いは全体的(ホリスティック)医療の時代になってきたようです。

人智学から、ホリスティックサイエンスでも構築しようかと模索中です。

かってバックミンスターフラーが目指したようなシナジーティカル(クリティカルパス)と、シュタイナーとフラーの思想を組み合わせることで、太古の科学がよみがえるような気がしてます。

シュタイナーは病気だけ、或いは患部だけをみていてはいけないと説きます。病人のこれまでの人生や、患者の将来の可能性までも見通すような洞察、予見力、先見力が必要だと説きます。

まぁ、つまり、オカルト的にいえば、霊能力というわけですが、これは知性を叡智にするような、いま、脳科学では、右脳的直観力というもので、まさにオカルトでいう魂の能力に帰するものであると、漠然とわかりつつあります。

あまり言うと、トンデモ扱いされてしまうので、ぶっちゃけ、全体像を構想するような直観力を磨くことで、太古人がアイテールと呼んだ、エーテル、漢方医学では、気孔を予見することが重要というわけです。

シュタイナーの医術は、簡単にいうと、直観力による、エーテル体の作用の判別、判定法なのです。

薬の使い方についても、エーテル体の作用理念に基づいたものでないと、意味がないというわけです。つまり、アロパシーではなく、ホメオパシーでないと意味がないわけです。

孔明さまは充分御承知のことと思います。 (2009年05月20日 19時03分03秒)

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