シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2009年05月20日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 唯物論の悲劇は、唯物論が物質の認識から逸れていること、物質の認識を妨げることである。つまり唯物論は、霊性の本来の認識にとって、というよりも、物質のなかにある霊性の認識にとって有害なのである。

 霊的な作用は至る処で、物質と結びついている。だから、物質のなかに、霊的な作用を探究できる、という直観が阻まれることで、阻まれてはならない人生に対する健全な直観による洞察が数多く阻まれてしまう。

 もし、唯物論者であっても、これまでの考察で議論してきたような特性全てを、物質に帰することはできない。物質に備わる様々な特性を、物質に帰するというのは全く馬鹿げた行為にみえるだろう。つまり、これは、真なる物質認識から逸れているということを意味する。

 唯物論の物質認識では、もはや、燐の現象や塩のような現象に関しては、全てナンセンスとみなすので、語ることができない。

 物質のなかの霊性の認識から逸れているので、そして、逸れることで、更に、形成作用を的確に研究する可能性からも隔たり、特に、人間の器官が、本質的に、いずれも、二重の課題、1つは意識への方向づけと関連し、もう1つはその反対の方向の、器官プロセスへと向かう二重の課題をもっている、という事実への洞察から離れていく。

 人間の器官(意識への方向づけ、器官プロセス)

 このような見解は特に、更に、これから議論していく分野、つまり歯を判断(診断)する分野において失われてしまった。歯は、いずれも唯物論的に、単なる咀嚼器官と見られている。しかし、歯は単なる咀嚼器官ではない。

 歯が二重の性質をもつことは、歯を化学的に調べるだけでも、歯が骨組織と関わる存在として出現することから明白となる。しかし、発達史(進化学)的には、歯は、本質的に皮膚組織から発している。歯は二重の性質を持っているが、ただ、第二の性質が極めて深く潜伏している。





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Last updated  2009年05月20日 18時47分15秒
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