シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2009年10月16日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 思春期以降、人間の全活動は、アストラル体を経由して、エーテルの心臓に差し込まれる。天体の模造や宇宙の模造から成長したエーテル心臓に、全活動が挿入(記録)される。

 (古代エジプトの最後の審判の絵図には、人間の心臓を天秤に載せ、正義と調和のシンボルのマアトの羽根と比較することが描かれているが、この心臓が、恐らくアストラル体に刻まれた人間の全活動を表しているのであろう。つまり、その人間の全活動が、正義と調和のためのものであったか、量るのが最後の審判という意味になる。)

 この事実は言葉にできない重要性をもつ現象である。というのも、この事実において、人間がこの世で為す事と宇宙との結合をもつからである。エーテル宇宙に関していえば、人間は、心臓という中心に集められた宇宙をもつ。一方、同時に、アストラル宇宙に関していえば、人間が、この世で為す全てを一つに集めた記録を心臓にもつ。この事実が、宇宙が(宇宙的過程が)人間のカルマと接合されている点である。

 アストラル体とエーテル体との、この親密な照応は、心臓の領域を除けば人間の身体の何処にも見つけられない。実際、心臓には照応がある。人間は誕生を通してエーテル体に宇宙のイメージをもってきた。そして、人間の内側に本質として存在する全宇宙が、人間の為す全てを受け取り、そこに浸透する。この絶え間ない遭遇によって(この相互浸透によって)人間の行動が宇宙のイメージの本質に染み込む機会が人生で与えられる。

 人間が死の門を超えていくとき、このエーテル(アストラル構造)に、いわば心臓が浮かんでいるが、肉体とエーテル形態を脱ぎ捨て、置いた後の、更なる霊魂の活動に人間が持ち込む全てを含んでいる。さて、更に霊において拡大しながら、人間は自分のカルマ全てを宇宙に手渡すことができる。というのも全宇宙の物質が、人間内部に含まれているからである。

 全宇宙は、人間の心臓のエーテル体に集束されている(内在神の正体)。それは宇宙から来て、このエーテル実体に変化した。そして、心臓の本質として集められた。死後、今度はそれが再び宇宙に帰ろうとする。人間は宇宙に広がり、魂の世界に受け取られる。著書『神智学』に描いたように、魂の世界の通過と霊の大陸の通過を経験する。

 実際に死後、そのような経験をする。人間組織の生成において考察すると、次のように言える。

「心臓の領域で、宇宙と地球の領域の結合が生じている。そして、心臓のなかに、宇宙が、その宇宙の形状とともに、人間のエーテル体にとりこまれている。心臓のなかで、エーテル体は人間の全行動を、人間が人生において為す全てを受けようとしている。そしてまた、この世から出ていく。宇宙エーテルが自身の行動と、心臓のなかで親密に浸透することで人間内部に形成された全てを伴って赴く。そうして、人間は、死の門を通過した後、また新たな宇宙的な存在に入り込む。」

 これまで、具体的な形態で、人間がどのように肉体に入る道を生きるか、また、どのように自らを、肉体から引き出せるかを述べてきた。というのも、エーテルの行為は、宇宙からの本質として、第一に自身の内に形成したものを集めて保持する力を人間に与えているからである。



 人間が携えてきたアストラルの素晴らしい実体には、多くの地上の人生を通過し、長い進化を背後にもつ自我が生きている。この自我はアストラル体に存在する全ての複雑な形態と、ある種の共感的関係に生きている(「共感的関係」という言葉を使うことで、再度、絶対的実在である自我を表現している)。

 先に説明したように、これらのアストラル形態が、物質の様々な器官に滑り込むとき、自我は、この共感を維持し、この同じ内的共感を、器官自体まで拡張する。自我は益々器官に広がり、器官を所有する。実際、自我は、幼児期から、様々な器官とある種の関係にあるが、その時には、まだ(アストラル体に)内在した状態が優勢である。だから、幼児期では、様々な器官の自我に対する関係は外的なものである。

 やがて自我がアストラル体とともに、物質(肉体)の様々な器官に入り込むとき、次のようなことが起こる。



 自我は、肺に滑り込み、肺から心臓へいく血管とともに心臓に徐々に近づく。血液の循環と次第に密接に結合し、自我は血液の経路を進む。血液の経路を走る様々な力によって、自我はエーテルの心臓とアストラルの心臓の結合から形成された領域に入り込み、そこで宇宙から来たエーテル体が、自身から来るアストラル体と一緒になって成長する。」


 既に述べたように、このアストラル体は、はかり知れないものを次第に含むようになる。というのも、人間の全行動がそこに記録されるからである。しかも、それだけでなく、自我が、アストラル体の成す全てと共感関係にある限り、人間の意図や理念も、同時に刻み込まれる。それは人間の行為の元となる意図や理念である。心臓の領域において、人間は、カルマと全宇宙の法則の完全な結合をもつ。

 このように人間内部で起こる全てについて、多くの人間が「心許ないほど」知らない。この言葉を何度も強調して繰り返すことができる。というのも、人間が今日無知である、これら全ての事実は人間の心臓に関係しているからである。人間は、この物質世界で起こる事象を知る。そして、その事象を道徳的法則との関係で考察する。

 では、真実はどうかといえば、道徳生活において起こる全てと、物質的世界において起こる全てが、正しく人間の心臓に集められるということである。

 この2つ(道徳性と物質性は)それぞれ独立して進みながらも、今日の近代的意識にとって隣り合わせにあり、人間の心臓の全形状を理解できるようになると、両者の真の結合を、見い出すことができる。

 当然、心臓で起こる全ては、幼年期の歯の生え変わりとともに、あからさまに起こる事件よりは、遥かに隠されたものである。幼年期には、親から受け継がれた乳歯をもっているが、乳歯というモデルから、自身の身体により永久歯を形成する。乳歯は抜け落ち、新しい歯(永久歯)が残る。

 前者(乳歯)は使えなくなるという内在傾向をもっている。たとえ抜け落ちなくても、無傷で止まることはできない。ところが、永久歯は、主に外的状態によって破壊される。勿論、人間の身体自身の状態も含まれる。乳歯から永久歯への交代と同じような事実が思春期にも起こり、眼に見えないが、親から受け継いだエーテルの心臓は、分解に委ねられ、自身で、一種の永久のエーテルの心臓を獲得する。

 この永久のエーテルの心臓だけが、自らの人間活動を受け入れるように充分適応できる。だから人間が思春期前に死ぬか、後に死ぬかで大きな差がでる。思春期前に死ぬと、地上で為したことが、カルマ的に後(転生)に継承される傾向だけをもつ。子供が思春期前に死ぬときでも、様々な行為がカルマに確かに組み込まれるが、それはかなり曖昧で一時のものである。



 従って、人間が為すこと一つ一つが自身だけに係わっているのではない。人間内部に組み込まれているものは、宇宙から来て、死後、人間の行為を宇宙に再度ひきわたす傾向を保持している。というのも、カルマの法則が作用し、人間のカルマをつくりだすのは宇宙だからである。だから、人間は、新たな地上の生活(転生)の始まりにおいて、宇宙が、人間の行為を再度、地上の生活にする様々な効果を担っているのである。





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Last updated  2009年10月16日 16時55分25秒
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