シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2010年02月26日
XML
カテゴリ: 神秘体験空間
 今日、そもそも人間にとって人間である、ということ自体が困難である。というのも、人間は、以前述べた寓話のなかの、3頭の動物に向き合った(食される運命の)カモシカのように見えるからである。

 人間を一面化しようとする存在が特殊な動物という形(言語)をとっている。獅子(ライオン)は獅子(ライオン)のままだが、獅子は、自分の仲間の猛獣(ハイエナや狼)を、鷲や雌牛が変容した動物として、身代わり(犠牲)にする。

 獅子は、もともと鷲の代わりに、自分と同じ猛獣の仲間のハイエナを犠牲にする。ハイエナは基本的に死んだ生物の肉によって生きる存在で、人間の頭部のなかに生み出され、死に向かって絶え間なく、瞬間毎に、原子論的な断片(素粒子)を供給する、いわば死んだ存在(思考)により生まれる。

(鷲→瞬間的思考→ハイエナ)

 従って、アフリカの、ある部族の寓話は、腐肉を食らうハイエナを鷲とおきかえ、更に獅子(ライオン)は、雌牛の代わりに、自分と同じ猛獣の仲間の、没落に相応する(この伝説は黒人文化から生じたから)狼を犠牲にする。このように、鷲をハイエナ、雌牛を狼に置き換えると、寓話のなかには、3頭の別の動物、ライオン、ハイエナ、狼が現われる。

 今日、3つの誘惑の呼びかけが対立しあっているが、その誘惑の呼びかけが響くとき、徐々に鷲は地に降りてハイエナとなり、雌牛はもはや聖なる忍耐強さで万有を象ろうとせず、猛獣の狼となり、実際、3つの獣が対立しあっているのは、宇宙的シンボリズム(象徴)とでもいうものである。

 そうすると、以前述べた、あの伝説を、つまり黒人の言葉から、現代文明の言葉へと翻訳できる。以前、いわば黒人の心情で語らねばならなかった。

―――獅子(ライオン)、狼、ハイエナが 狩りに出かけた。猛獣たちはカモシカをしとめた。ハイエナが最初に分けることになり、ハイエナはハイエナの論理に従って分け、次のように言った、「3等分しよう、三分の一はライオン、三分の一は狼、三分の一は僕のものだ。」 すると、ハイエナは獅子(ライオン)に食べられてしまった。

 さてライオンは狼に言った、「今度は君が分けろ。」すると狼は言う、「最初の三分の一は君のものだ、君がハイエナを殺したんだから、ハイエナの分け前は当然君のものだ。次の三分の一も、ハイエナはそれぞれが三分の一を取る、と言ったけど、その遺言通りにすれば、君がハイエナからもらう分だから、君のものだ。最後の三分の一も君のものだ、君は動物のなかで一番勇敢で賢いのだから。」



 この話のなかでの論理は両者(ハイエナ、狼)とも同じだが、現実への適用において、ハイエナの論理を適用するか、或いはハイエナの経験を踏まえて、狼が論理を適用するかでは、全く異なる結果が出てきたわけである。

 本質的なことは、現実への論理の適用にある。

 さて、この話を、いわば現代文明的な意味に翻訳して、幾らか別様に物語ることもできる。しかし、ここで語ることは常に、文化の大きな流れにおいて重要である。

 ここで述べた事実から、この物語を現代的に次のように表現すべきである。

―――カモシカがしとめられる。ハイエナは後ろに退き、無言の判断を示す。ハイエナは敢えて最初にライオンの恨みを買うようなことはせず、後ろに退く。ハイエナは無言の判断を示し、背後で待つ。さて、ライオンと狼は獲物のカモシカを巡って闘いを始め、闘いに闘い、互いに酷い傷を負い、傷によって共に死んでしまうまで闘い続ける。さて今度はハイエナが出てくる、カモシカとライオンと狼を、これらが腐敗してしまってから平らげる。―――

 ハイエナは、人間の知性(論理)の象徴で、人間の本性のなかの死すべき言語を具象化している。ハイエナは、鷲の文明の裏面、カリカチュア(風刺)なのである。

 この古い黒人の寓話のヨーロッパ化から炙り出される言語を感じとれば、今日、次のような事実を真に正しく理解すべきであることがわかる。

 次のような事実を正しく理解するには、三重の誘惑の呼びかけ、鷲と、獅子(ライオン)と雌牛の誘惑の呼びかけに、人間が自らの箴言を、今日、人間のなかの力と、思考との作用の合い言葉となるべき箴言を対置することを学ばなければならない。

我は学ばねばならぬ、

   おお、雌牛よ、

   星々が我のなかに啓示する言葉から、

   汝の力を。 


 地球の重力を、単に量り、数え、計測するだけでなく、単に雌牛の物質的な生体機構のなかにある言語だけを学ぶのではなく、雌牛のなかに体現されている言語、雌牛の生体機構から雌牛が体現している言語を畏怖しながら、その言語に囚われず、視点を転じ、上空の高みへと向けることを学べば、地に執着するままでは地球の機械文明となってしまう文化が霊化される。

 人間がよく考えなければならない第二の事実は、

我は学ばねばならぬ、

   おお、獅子よ、

   日毎年毎の巡りが

   我のなかに織り込む言葉から、

   汝の力を。


 「啓示する」という言葉、「織り込む」という言葉に心を留めるべきである。そして、人間が学ばなければならない第三の事実は、

我は学ばねばならぬ、

   おお、鷲よ、

   大地から萌え出た言語が我のなかに創り出す言葉から、

   汝の力を。 


 このように人間は、一面的な誘惑の呼びかけに、以上の自らの3つの箴言を対置させなくてはならない。

人間のなかにもある一面性を、その意味から調和的な均衡に導ける3つの箴言である。

 人間は、雌牛の言語を学ばなければならないが、ただし、雌牛の言語を徹底的に感じ取った後は、雌牛から、天へと視点を移し、星々が啓示する言葉を見上げることを学ばなければならない。



 そしてまた、人間は、獅子(ライオン)のような言語を観ることを学ばなければならない。

 人間を組み込んでいる地球生命全体の四季の巡りのなかに、人間を風のなかで取り巻き、稲妻のなかで鋭く見据え、雷鳴のなかで周囲を轟き巡り、嵐を引き起こす言語が、獅子(ライオン)を通じて人間に開示されるように、獅子(ライオン)を観ることを学ばなければならない。

 従って、人間が(物質的な視野を上方に向ける代わりに、霊的な視野を下方へと向け、物質的な視野を下方に向ける代わりに、霊的な視野を上方へと向け、物質的な視野を真っ直ぐ東に向ける代わりに、霊的な視野を、東とは正反対の真っ直ぐな西に向け)、上方と下方、前方と後方、霊眼と物質眼を、相互に浸透させ合うことができれば、人間は、上方から鷲の、(地球の)周囲から、獅子(ライオン)の、地球内部から、雌牛の、人間を弱らせる(分裂の)力ではなく、力づける真の呼びかけ(融合の能力)を感じ取れる。

 人間がその営みにおいて益々地球文明を向上させ、没落ではなく、進化に貢献するには、宇宙万有との関係について学ぶべき事項は以下である。 

(鷲である西(アメリカ)は以下の如く語る。)

   我が本質を学ぶがよい!

   我は汝に力を贈る、     

   汝自身の頭のなかに    

   万有を創り出す力を。

 (獅子である中(ヨーロッパ)は以下の如く語る。) 

   我が本質を学ぶがよい!

   我は汝に力を贈る、     

   巡る大気の輝きのなかに       

   万有を体現する力を。

 (雌牛である東(アジア)は以下の如く語る。)

   我が本質を学ぶがよい!

   我は汝に力を贈る、     

   秤、標尺、数を           

   万有より奪い取る力を。

 (そこで人間は以下の箴言を対置させる。)

   我は学ばねばならぬ、

   おお、雌牛よ、汝の力を

   星々が

   我のなかに啓示する言葉から。

   おお、獅子よ、汝の力を

   日毎年毎の巡りが

   我のなかに織り込む言葉から。

   おお、鷲よ、汝の力を

   大地から萌え出で

   我のなかに創り出す言葉から。


 (シュタイナーによると、人間の魂は創世記、アダムカドモンという巨人だったという。巨人というよりは、巨魂だが、その巨魂が、地球の大気を漂っていたという。地球が土星であったときは、熱の状態で、太陽のときは、光に満ちた大気の状態で、月のときは、水のような液体の状態であったという。やがて、アダムカドモンから、植物が分離し、動物が分離し、地球紀になり、地上に、人間が誕生したという。

 地上の人間は太陽の光の影響下にあり、住む場所によって、太陽光の影響が異なるので、様々な人種や民族が生まれたという。色でいえば、7色で大別できるという。九星の白・黒・碧・緑・黄・赤・紫の7色や、陰陽五行の陽(太陽)、月(陰)、土星、火星、水星、木星、金星の7種の組み合わせを源流としているようである。

 そもそも、占いとは、太古では太陽光の影響を、宇宙言語で解き明かす学問なので、特に、アトランティス時代は、生命学として、人智学でいうエーテル体を解明する学問として、発展し、様々な生命や地球を制御したという。それも、アトランティスの大破局の大洪水により、失われたそうである。

 ではなぜ、残っているのかというと、霊能者がアカシャ年代記を読み解くことを通して、少しづつ再現されてきたという。いまでも、当時と環境や状態こそ違うが、太陽光の影響は言語として存在しているからである。

 宇宙言語を詳しく理解できなくても、いま世界が、アメリカ、ヨーロッパ、アジアに三分割されそうにあることがよくわかるだろう。アメリカは、自分たちを鷲の如く、先を行く者とし、ヨーロッパは、自分たちを獅子の如く、百獣の王たる自然「遺伝」の申し子とし、アジアは、自分たちこそ、雌牛の如く、権力に相応しき者とし、それぞれが熱望している。

 つまり、アメリカは先進志向、ヨーロッパは統治志向、アジアは権力志向であり、それぞれがその一面性を望むと、世界は分裂し、人類は弱体化し滅亡してしまうのである。つまり、一面志向ではなく、お互いが譲り合い、多面的に融合的にならないといけない。)





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2010年03月03日 16時58分05秒
コメント(0) | コメントを書く
[神秘体験空間] カテゴリの最新記事


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: