シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2010年06月24日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 現代文明の寄生物を霊眼で観たり、もしくは現代文明をアストラル光のなかに見れば、1914年には強度の腫瘍形成が見られた。このような腫瘍形成をみた人にとっては、文明全体が寄生物に侵されていたようにみえた。ところが今や、寄生物に加え、また別の存在が登場してきた。

 以前、下から上へと作用するノームたちやウンディーネたちの精霊の性質から、寄生衝動を持つ悪の可能性が、人間のなかにも有機的に生じてくる様子を、霊的-生理学的に描写したが、このとき、その反対像(上から下への悪)も生じることを述べた。

 このとき、同時に、シルフたちと火(熱)の精霊存在たちを通じて、毒が上からもたらされる。

 今日の文明のような寄生的な性質を持つ文明においては、このように、上から、すなわち霊的真実として流れ込むものは、それ自体は毒性をもたないが、人間のなかで毒に変化し、その結果人間は、「ゲーテアヌム」誌に記述したように(3)、不安の中で、霊的真実を拒絶するためのありとあらゆる理由を作り出す。

3)「ゲーテアヌム」誌に記述したように:ルドルフ・シュタイナー『魂生活について IV. 魂の勇気と魂の不安における魂の本質』(当初週刊「ゲーテアヌム」誌に発表 1923年11月11日 第III期 11号)、全集版では『現代の文化の危機におけるゲーテアヌム思想 1921~1925年の論文集』GA36 360頁以下)参照。

 この二つの事柄は互いに対となり、つまり、下の寄生文化は、元素霊(精霊)的な法則から跳躍して抜け出ることがないため、寄生物を自らのうちに含み、そして上から降下してくる毒や精神性(霊性、スピリチュアリティ)は文明のなかに侵入して人間に摂取され、毒となる。

 (現代において、人間は、下からの物質文明の寄生物等の悪と、上からの精神文化の新興宗教等の悪に曝されている。シュタイナーは、前者の悪の総称をアーリマンと呼び、後者の悪の総称をルシファーと呼び区別している。)

 この事実をよく考察すれば、現代文明にとって究めて重大な徴候を示す真実が得られる。そして、この真実を洞察すると、自ずと、この悪に対する治療手段として登場すべき文化教育が生じてくる。

 実際の診断、実際の病理学からラツィオ(原理)に基づく治療法が生まれるように、文化病の診断から治療法が生まれ、一方の診断が他方の治療を引き寄せる。

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 今日、子供が小学校に入ったとき、現代文明という高度な文明に属する文字の形式、例えば、現在ABCとして学ばされる文字の形式に子供を馴染ませるなら、それは子供の心や子供の心情のなかの本性とは関わり合うことはないだろう。

 現代文明の形式は、子供の心や心情とは全く関わらないもので、子供がABCを学ばなければならないとき、子供の頭や心情のなかで発達するものは、霊的-魂的に考えれば、人間の性質のなかの寄生生物とでもいえるものである。

 (官僚主義が、寄生主義であることが、この講義からもわかる。官僚は、国民の税金に寄生し、予算を消耗することで頭が一杯で、国民の精神的生活や道徳などには無関心である。

 社会福祉は重要だと説くが、その実、予算の消費しか頭にない。従って、国民の精神生活は堕落し、退廃し、社会福祉は差別化していき、財政は赤字になり、格差社会の到来となる。)

 このように、実際、近年(1923年)の教育時代全体にわたって、今日文明から発して寄生的に人間に迫ってくる多数の存在がある。従って、人類は、子供が学校に入るとき、子供の心情から創造を行う芸術教育を開発しなければならない。

 芸術教育は、子供に、喜びや落胆等のありとあらゆる感情から生み出される色彩の創造を促し、子供のつくった「喜びから苦悩まで!」の色彩の、紙への表出を促すものである。

 このとき子供が心情を繰り広げながら、紙に表出した色彩は、表現者である人間と結びつき、いかなる寄生の余地もないものとなる。

 このような芸術を通しての教育は、指や鼻のように、人間から自ずと(器官等の一部として)創出するものであるが、他方、文字を通じて高度な文明の成果に導かれることから、人間が受容する教育は、寄生物へと至るだろう。

 人間の心情や心に非常に近いものと芸術教育とが結びつく瞬間、スピリチュアルな文化をも、人間のなかで毒にならずに、人間にもたらされる。

 第一に、現代の文明は癌に犯されている、という診断を経て、次いで治療、つまり、ヴァルドルフ学校教育に到達する!

 ヴァルドルフ学校教育は、別段、特別、特殊に構成されているわけではない。そこでは、医学的思考と全く同じ思考法から、文化に関して考察しているだけである。



 しかし、文化の治療法を発見するなら、とりわけ厳粛さをもって、芸術教育を強調すべきである。なぜなら、この文化の(腫瘍)治療というのは、ヴァルドルフ学校の教育しかいま(1923年)は考えられないからである。

 このような関連を見通すだけでなく、この関連において、このヴァルドルフ学校教育を実践的に強化拡張しようと試みるなら、それがどのような気風なのかを考察できるはずで、そして今(1923年)、文明の癌の共通の帰結として、中部ヨーロッパに生じている出来事を、自身で確実に理解でき、文明の癌が、実践的ヴァルドルフ学校教育を、不可能にしないまでも、恐らく非常に危うくする状況であることに気がつく。

 芸術教育により文明の癌を治療する考えを、振り払ってはならない。いまだ可能な場所では、文明のガン治療を行うために、芸術教育に働きかけようという衝動にしなければならない。

 実際、今日(1923年)、そのような衝動を何倍にも増すために、1913年のヘルシンキでの連続講演会(4)で、ある霊的な認識から、私(シュタイナー)はウッドロー・ウィルソン(5)の劣等性に関して述べた。

4)1913年のヘルシンキでの連続講演会:ルドルフ・シュタイナー「バガヴァッド・ギータの秘教的基盤」(GA146 全9講 ヘルシンキ 1913年5月28日-6月5日)参照。

5)ウッドロー・ウィルソン:Woodrow Wilson 1856ー1924 アメリカ合衆国大統領。シュタイナーは上述のヘルシンキでの講演会、1913年6月1日の講演で彼について述べている。
 ウッドロー・ウィルソンについて、シュタイナーは「バガヴァッド・ギータの秘教的基盤」で、ウィルソンの論文("What is progress?")に言及しながら批判している。
 ウィルソンによれば、ニュートンの時代には、重力に関する考えが社会の概念、国家概念にも影響を及ぼしていたが、天体力学の概念を人間の性格に適用するのは不十分で、現代は別の考え方をしなければならない…そしてウィルソンは、ニュートンの概念では不十分で、生体についてのダーウィニスムの法則を{社会に}適用しなければならない、と主張する。
 シュタイナーは、ダーウィニスムのような純粋に物質的生体組織に由来する法則では不十分で、今日必要なのは、魂的、霊的(精神的)法則であるとし、ウィルソンの観点を、現代に多く見られる、人智学に敵対する「半端な(部分の)論理」(halbe Logik)の実例として批判する。
シュタイナーによれば、人智学的世界観は、半端な論理ではなく、透徹した包括的思考で、全体に参入する論理を前提とする。進化も、ウィルソンのようなダーウィニスムの意味ではなく、霊的な意味で考えなければならない、と説く。 ("Die okkulten Grundlagen der Bhagavad Gita" P.87-89)
 別の講義でも、さまざまな関連で、しばしばシュタイナーはウィルソニスムを批判している。

 ウィルソンはそのとき多くの文化人たちにとって一種の世界の主なる神となっており、今日(1923年)ようやく人々は、気づきはじめ、彼の間違いに関して幾らかの明確な理解も出てきたが、そのときの状況は、当時(1913年)文明の癌に関して語られたことに全くあてはまる。



 文明の腫瘍に対して、相応しいのは何と言っても治療的な覚醒であり、人智学は真の文化を目覚めさせる全ての衝動、人間の真の文化の覚醒のための衝動を含んでいる。

 これがこの連続講義の最後に述べたかったことである。

 (シュタイナーの説く進化論は、ダーウィンとは根本的に異なる。ダーウィンは、人類がサルから進化したと説いたが、シュタイナーは精神の進化を根本においているので、人間がサルから進化するはずがないと、説いている。

 人間がサルから進化したのなら、サルよりも優れる知能や道徳性を与えた何者かがいるはずである。現に、サルに人間が知識を授けると、サルは知性を発揮するようになるが、自ら知性を発揮するようにはならない。人間のようなサルを上回る知性的存在の介入がないと、不自然である。

 それにダーウィンの理論だと、サルの方が、人間より長く地球に存在しているのに、人間だけが、なぜ人間に進化できたのかが不明である。もし、ダーウィンの進化説を採用するなら、サルから人間にした知性的存在の介入を説明しないといけないだろう。

 対照的に、シュタイナーの進化論は明快で、サルはサルの魂から進化し、人間は人間の魂から進化したという立場をとる。サルの魂は、サルという肉体に憑依してしまったために、人間のようには進化できなかったというわけである。

 では、サルの魂と人間の魂の違いが問題になるが、サル、つまり一般的に動物は、集団魂で、人間は個人魂であるという。人智学では、動物には、自我がないが、人間には自我があるとする。

 また、人間の自我は、7柱の神々、つまり太陽霊により与えられたという。このような人類の進化については、高度な霊能者なら、人智学では秘儀参入者なら、神界「精神界」にあるアカシャ年代記を読み解くことから、わかるという。

 現代人には想像を絶するトンデモな話だが、たとえ、シュタイナーが現代でいう誇大妄想症だとするなら、その誇大妄想が何処からくるのか、の少なくとも心理学的研究にはなるだろう。

 私は、現代の物質主義的万能機械社会に対する警告、アンチテーゼとして、神秘学を現代人にもわかるように解説する立場をとっている。

 いずれにせよ、どんな立場をとろうとも、究極的に行き着く処は、普遍的真実であるのに変わりはないだろう。究極的真実に到達するまで、人類の歩みに安住の地はない。現状において人類が無知であることは確かなのだから。)





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Last updated  2010年07月05日 16時44分36秒
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