シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2011年10月28日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 どうも最近、NHKの大河を起点として、「坂の上の雲」を書き換えようとするような不穏な空気が流れているような気がする。

 司馬氏は、この世にいないので、反論する立場を与えずに、批判するのは、卑怯千万なやり方といわざるを得ない。

 このような動きを非常に残念に思う。

 司馬氏も乃木大将を戦略的には無能だったが、現場を鼓舞する精神的な支柱であったことは一応認めている。あのような損害を出してまで続けられたのは乃木だからこそ、できたわけで、乃木でなければ、とっくに日露戦争は負けていただろう。

 しかし、問題は、あのような損害を出してまで、日露戦争をする必要性があったのかどうかという点にある。

 このことは、当時の状況を知らなければ、何も語ることはできないので、結果論からいえば、ロシアの南進を抑えることができ、ロシア帝国の滅亡につながる役割を果たしたことになる。

 ロシアの台頭を恐れていたのは、日本だけではなく、英国も恐れたので、日英同盟が締結されたことに疑いの余地はないだろう。

 実際、日英同盟はバルチック艦隊の壊滅に十分な働きをしたし、ロシア帝国の滅亡、つまり革命に対して、資金的にも重要な役割を果たしている。

 個々の戦術の前に、大局的にみて、ある意味、ロシア包囲網ができていた点を考えないといけない。



 日英同盟の背景を探れば、英国がいかに野心的であったかがわかるし、日露戦争の区切りのいいところで、米国が出てきたのは、裏で英国が裏工作していたことがわかる。

 決して表に出ずに、他にやらせて掠めとるのが、バイキングの血を引き継ぐ、英国王室の昔からのやり方といわざるを得ないだろう。

 英国が日本を誉めれば誉めるほど、裏に隠れるわけで、一石二鳥の誉め殺しである。

 このような外交裏舞台を知らずして、戦術を語ることは全くの無意味といわざるを得ない。

 さて、司馬氏の坂の上の雲には、司馬氏自身が、太平洋戦争の学徒動員で、ノモンハンまでいかされ地獄の目に遭わされた体験から、日本人はなぜこのような無謀な戦争へと駆り立てられてしまったのかの反省を元に書いた、と自身で記している。

 そして、一応の答えが、乃木大将の神格化にあった、と結論できたので、徹底的に乃木を人間化したのである。

 「主の名を妄りにとなえてはならない」

 この戒めは、十戒にもあるように、人間の最も大切な徳目である。

 軍人を神格化したために、日本は対米戦に巻き込まれたと、司馬は結論づけたのである。

 そのために、司馬氏は「坂の上の雲」を書いた。

 軍人は表に出るべきでないと結論づけたのである。それは、自身が、ノモンハンでソ連と戦った体験から出ているものである。一種の教訓なのである。



 軍人が表に出てはいけないという似たようなことは、太平洋戦争を終結させた鈴木貫太郎も述べている。

 いま、歴史街道という非常にマニアックな雑誌を読んでいるが、あまりに酷いので呆れてしまった。

 司馬批判を具体的にあげると、

「1.坂の上の雲の原典が、「機密日露戦史」にあるとし、酷評し、司馬が酷評した「参謀本部編纂の明治さんじゅう78年日露戦史」を、編纂要綱という不名誉なことは記述しない方針を認めながらも、この書に勝るものはないと独断と偏見で、断定している。」

 編纂要綱がある時点で、史料の価値があるといえるのだろうか、しかも勝ると断定している。



 明治天皇を描くことは、日本社会では非常に困難で、ましてや文筆家は社会的地位を失う恐れがある。

「3.後に軍神とされた橘周太の記述が少ないと批判」

 軍人を軍神化することを嫌っていた司馬が、軍神化された人物を好んで書くわけがなく、橘某の知名度、つまり軍神化は認知度が低く、太平洋戦争の影響を考え、乃木だけに絞ったのだろう。 

「4.乃木を愚将と貶めたと批判」

 それこそが、坂の上の雲の目的である。乃木の人間化の意味を批判者は全く理解していない、要するに、自衛隊をクビになり世間を賑わせた戦争オタクと同じなのである。

「5.五万の兵を投じた第一次総攻撃の失敗は乃木の判断にないと批判」

 乃木の判断が、失敗を招いたことは事実といわざるをえない。

 更に乃木は判断を誤り、死闘を続けた末、203高地の占領に至らずに、児玉が駆けつけてようやく攻略の道筋をつけたのは、坂の上の雲と同じで、要は批判者は乃木を主観的に捉え擁護し、司馬は神格化の衣服を破る記述をしている点で、異なるわけで、結局、批判者は、司馬の意図がわかっていないだけである。

 批判者は、司馬氏の気持ちが全く理解できていないのである。

 作者の気持ちを理解することなく、著作を改ざんすべきではない。司馬は、太平洋戦争の誤りを日露戦争に求めたのである。この点を抜きにして戦術がどうたらこうたら語るのは瑣末で無意味である。

 米国が出てこなければ、日本は負けていただろうし、実際、損害は日本の方が大きく、勝ったのに戦費のツケが、つまり財政難が、太平洋戦争まで続くのである。

 米国がグッドタイミングで出てきたところに英国の底力と嫌らしさ、情報収集能力をまざまざとみせつけられる。ロシアへの勝利は、日本ではなく、米英が欲しかったのである。ロシアを黙らせるのが米英の目的だった。

 それに、英国は、日本海軍とのつながりも深かったのである。明治維新の背景には、薩摩に加担した英国外交が背後にある。

 勝海舟は、薩摩が英国を後ろ盾にして、攻め寄せるなら、慶喜を仏国に亡命させて、仏国と英国を戦わせようとしたくらいである。そのために、小栗らを仏国に斥候させたわけだ!

 江戸無血開城のために、英国公使に海舟が面会にいったのは、慶喜が降伏しているのに、国際法に違反して、江戸を攻めるなら、慶喜を仏国に亡命させ、仏国をして、英国を攻めるというようなことを談判にいったのだろう。

 英国公使が海舟に会わなかったのはそれを知っていたからで、勝は根気よく待って、会ったらしい。その後、西郷が呼び出されて、江戸総攻撃をやめさせたわけである。つまり英国は、国際法に基づいて、薩摩を支援しないばかりか、もし、慶喜を亡命させたら、薩摩が敵になるとでもいったのだろう。

 勿論、英国公使は海舟の張ったりであることなど見抜いているが、恐らく、海舟の祖国を思う気持ちに打たれたのだろう。

 「あんたら英国がやっていることは、慶喜(西郷)を亡命させて、仏国(薩摩)をして祖国の英国(江戸)を攻めさせることですよ!」

 海舟が政治は正心誠意というのは、ここにある。人間の良心を動かすことである。

 自分のしている過ちに気づかせることである。

 兵は詐道なりとは、孫子にあるところだが、兵を妄りに動かすのは愚将のやることである。

 幕末の幕府官僚ならば、兵を動かすことなく、つまり日清、日露戦争をすることなく、外交同盟を結んでいたように思われる。明治は二流の人物だけが残ったのが日本の不幸でもある。

 つまり、日本海軍があまり批判されずに、陸軍だけが批判されるのは、海軍のなかに英国のスパイがいた証拠でもあるだろう。もし、海舟が生きていたら、スパイと知っていて、利用しただろう。

 そのようなことを考えずに、やれ陸軍が無能だ、海軍が無能だと、日本人同士で争えば争うほど、欧米のいいカモといわざるを得ない。欧米の血筋は、バイキングであることからわかるだろう。

 乃木大将は、平和のためなら、自分が汚名を着ることぐらい屁とも思わないように私には思える。

 きっと乃木大将は、戦勝で浮かれ気分でいる人たちをみて、途方に暮れていたように思える。明治天皇への殉死の意味は、世間の浮かれ気分さを嫌悪してのものだろうと私には思える。

 生きていれば、金銭や名誉に目が眩んだ馬鹿な部下に担ぎ出されて、明治の西郷のようになっては、次の天皇にも迷惑がかかる恐れもあるだろう。 

 それは薩摩に下野した西郷とどことなく被るような気もする。西郷は自分が西南戦争に担ぎ出されるとは思ってもみなかったのだろう。否、思っていたからこそ、下野して、一切を大久保に譲ったのである。自分が防波堤になろうとしたのだろう。しかし、暴発してしまう。

 本当の軍神とは、死んでから平和をつくるものである。孔明のように。

 戦の神にされるほど不名誉なことはないだろう。

 一流の小説家は、自分の小説が後世にどのような影響を残すかを理解して書くのである。

 一時の金銭のために書くのは野暮で滑稽この上ない。

 現代の金銭に目が眩み悪魔に魂を売るマスコミこそ害悪はなく、地獄をみるだろう。

 それにしても日本人は小さくなったものである。もはや欧米の奴隷である。

 西洋の過ちを気づかせることができるのは東洋をおいて人類には他にないのだよ!

 民主主義の多数決の論理からいっても1%の金持ちに主権がないのは明白である。





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Last updated  2011年10月28日 23時07分20秒
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Re:司馬氏が坂の上の雲を描いた理由はもう戦争はやめて欲しい気持ち(10/28)  
忠武飛龍  さん
今回のは、政治向けのサイトにも引用させていただきます。

「坂の上の雲」の映像化自体が、胡散臭いですからね・・


再見! (2011年10月29日 10時08分56秒)

Re[1]:司馬氏が坂の上の雲を描いた理由はもう戦争はやめて欲しい気持ち(10/28)  
5dolphin  さん
どうもお久しぶりです。忠武飛龍さま
>今回のは、政治向けのサイトにも引用させていただきます。

ありがとうございます。他愛もない戯言ですが…。

>「坂の上の雲」の映像化自体が、胡散臭いですからね・・

 映像化は、司馬氏も最後まで反対していたようです。映像化すると、再び神格化につながってしまう恐れがあるからでしょう。それでは、小説を書いた意味がなくなるわけです。 司馬氏は、日本人が無謀な戦争に突入したのは、現実逃避にあると思ったのでしょう。日露戦争を勝ってしまったのは、日本の不幸です。
 詳細に調べていくと、勝ったのではなく、勝たせられたという面が強いわけです。実際、日本の攻撃は決して誉められたものではなかったわけです。その点を抉り出すことで、後世への戒めや教訓にしたかったのでしょう。日本人は短気で自惚れ屋が多いので、欧米や中国の強かさを見習う必要があります。 (2011年10月31日 09時49分03秒)

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