シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2012年10月09日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 前回は、丹田呼吸法から、ヨガと気功が同じものであり、丹田呼吸法の源流の錬丹術(れんたんじゅつ)から、生命の樹を読み解く方法を紹介した。続いて、丹が、火のクンダリーニを表し、神道のつながりから、丹田が、神社を意味し、結局、老子が説く、タオに一致することを再考してみる。

 そこで、改めて、錬丹術のウイキペディアのサイトから、概要を抜き出してみる。

錬丹術
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8C%AC%E4%B8%B9%E8%A1%93

  ☆  ☆  ☆

 錬丹術(れんたんじゅつ)は、中国の道士の術の一つ。服用すると不老不死の仙人になれる霊薬(仙丹)をつくる。中国の道士の術の一つ。

 煉丹術は中国古代の神仙思想より発展した道教の長生術の一部をなす。広義の煉丹術は外丹と内丹に分かれるが、学術的文脈においては煉丹術といえば一般に「外丹」のほうを指す。外丹においては丹砂(硫化水銀)を主原料とする「神丹」「金丹」「大丹」「還丹」などと称される丹薬や、金を液状にした「金液」が服用された。

 このようなものは実際のところ人体に有害であり[1][2]、唐の皇帝が何人も丹薬の害によって命を落としたことが『旧唐書』『新唐書』に記されている[3]。外丹術は不老不死の薬を作るという本来の目的では完全な失敗に終わったが、中国の医薬学と化学の発展に貢献した[2]。

 「内丹」は外丹の用語と、存思・房中・行気・吐納などの気の養生術を、胎児の成長過程の再現に結び付けて作り出され、発展したと考えられる一連の身体技法である[4]。内丹は、外丹における外的存在である物質としての丹の錬成を、自己の心身の内なる修煉のプロセス(聖胎)として行うものであり、「性」(こころ)と「命」(からだ)の身心一体を修める「性命双修」[2]が必要とされている。



  ☆  ☆  ☆

 以上のように、ウイキペディアは、現代人特有の唯物論に染まっているので、表面上のことしか記述していない。

 まず、「広義の煉丹術は外丹と内丹に分かれる。」とあるが、神秘学を学びば、外丹が、外の大宇宙からみた覚醒方法で、いわゆる錬金術のことで、内丹が、人間の内の小宇宙からみた覚醒方法で、ヨガや気功や丹田呼吸法のことを意味することがわかる。

 覚醒方法とは、俗にいうところの幽体離脱のことで、下手すると、現代人のほとんどが唯物論に染まっているので、意識を失い、植物人間になってしまう可能性が大きいので、やってはいけないものとされている。

 外丹は、特に危険で、金属等を非常に希釈して内服することで、ホメオパシーの原理により、瞑想時の覚醒意識の補強を行うことができる、というようなことを、シュタイナーは、人智学で述べている。

 そもそも人体に毒ということは、覚醒意識を失わせることなので、使いようによっては、覚醒意識の補強にもなる。神秘学では、そもそも、金属とは、天体の配置から生じ、いわば、宇宙意識が部分的に顕著に現れた結果だとわかっているので、例えば、鉛が松果腺の振動に影響を与え、そこにあるチャクラを開発するというような伝承が残っている。

 また、銅が、胃腸薬に使われるのも、銅の微量な服用が、銅の意識から、覚醒意識を補強させるためだといわれている。

 だから、端的にいえば、外丹とは、金属を微量に服用することで、覚醒意識を補強させる方法で、内丹とは、呼吸法で、覚醒意識を補強させる方法といえる。覚醒意識を補強というのは、端的にいえば、眠たくても、眠りに陥らないということである。

 眠りに陥らないとは、神経が露わになるので、激痛が伴うわけで、下手すると失神してしまう。神秘学では、この激痛を、高次意識につながる際の試練として、キリストの茨の冠で象徴化している。

 人体には恒常性があり、いちいちそれを意識せずに生活できているわけで、日常の覚醒意識の有り難さがよくわかる。個人個人の意識を、いきなり宇宙全体の意識とつなげれば、いわば広大な宇宙の地図から、地球上の自分の場所を探すことと同じで、パニックを起こすのは当然である。だから、自分の場所から徐々に広げ、痛みを緩和していくしかない。

 現代人は唯物論的という意味で、徐々に唯物論という先入観の緩和が必要なのである。だから、内丹による呼吸法を独自で獲得していかざるを得ない。人間は皆同じだが、立ち位置が皆異なるからである。



  ☆  ☆  ☆

第十一章 有の以って利を為すは、無の以って用を為せばなり

原文
 三十輻共一轂。當其無、有車之用。埏埴以爲器。當其無、有器之用。鑿戸牖以爲室。當其無、有室之用。故有之以爲利、無之以爲用。

書き下し文


英訳文
 A wheel has thirty spokes and one hub. We can use a wheel because a hub has a hole to insert an axle. We knead clay and make a vessel. We can use a vessel because it has a space with nothing. A house has doors and windows. We can live in a house because it has a space with nothing. So when we use something, we always benefit by “nothing”.

現代語訳
 車輪というものは三十本の輻(や)が真ん中の轂(こしき)に集まって出来ている。その轂に車軸を通す穴があいているからこそ車輪としての用を為すのだ。器を作るときには粘土をこねて作る。その器に何もない空間があってこそ器としての用を為すのだ。戸や窓をくりぬいて家は出来ている。その家の何もない空間こそが家としての用を為しているのだ。だから何かが「有る」という事で利益が得られるのは、「無い」という事が影でその効用を発揮しているからなのだ。

 Translated by へいはちろう

 (例のごとく、「タオの法則」から)



 真の愛も実現できない


 人との関係を求め、一人になると不安でしかたがない。誰かが自分を気にかけてくれないとさみしくてしかたがない。いつも人を求めながら、心が本当に満たされるということはなく、その欲求がときに反転して人への憎しみへと変わる。現代はそうした人が増えている。孤独に弱く、孤独を恐れて生きている。

 ここにも逆説の法則は働く。自ら、一人の時間を充足させ、快を感じて生きている人は、愛も知っているものだ。これは法則だ。一人を満たすことのできる人は、自己の中心性もそれに応じて確立されている。こういう人は、中心性と対になる愛をも知っている。だから、必然として愛ある交流も生まれる。

 自立した人と自立した人との出会いが生まれる。ところが、孤独に弱い人間は自立しない人しか引き寄せられず、最後には奪い合いの結果をもたらす。まずは一人を深め、極めることだ。一人を極め、中心性を確立すれば、その対極の、広大な愛に出会う。

  ☆  ☆  ☆

 人間各自の意識は、宇宙意識の一部であるから、1つも欠けてはいけないし、各自の意識がそのまま宇宙意識に反映される。だから、宇宙意識と大きく異なると、それは痛みを伴うことにつながる。

 逆に各自の意識が、宇宙意識と同じものとなれば、痛みが快にかわる。宇宙意識にも、中心があるのだから、その一部である各自の意識にも中心があり、宇宙意識と同じように快を実現しているのならば、快の一部となる。

 まず、自身の快を実現し、快を広めていくしかない。天は自ら助ける者を助ける。自己を助けようとする想念が自己を救う。要するに、すぐに他者にすがるな、ということでしょうね。





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Last updated  2012年10月09日 16時10分28秒
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