シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2013年05月31日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 頻繁に訪問させていただいている播州武侯さまのブログに興味深い話が抜粋紹介されていたので、こちらでも日本の教育について再考してみたい。

 その興味深い話を以下に抜粋紹介する。

 ☆  ☆  ☆

播州武侯祠遍照院
http://plaza.rakuten.co.jp/tanpakumeisi/diary/201305300002/#comment

 先日、テレビに出ていたある現役教師の人が、クラス替えの時に、自分でクラス分けを考えてきて、「この通りにクラス編成をして下さい」と言ってきたお母さんがいた、という話をしていました。

 その時、「授業料も払っているのだから、学校が親の要求を聞くのは当たり前でしょ」というようなことを言ったそうです。

 そのような場合、双方とも「当たり前」を言い合うばかりですから、話が全く進みません。



 以上のように、その問題の母親は、日本の教育の悪しき一例を象徴している。「1人の生徒の母親が、クラス分けに口を出す」のは、つまり自分が何者で、どういう立場なのか、が把握できていないことを意味する。大勢いるなかの1人であることを理解できていない。とても、成熟した大人の精神とはいえない。

 挙句の果てには、『「授業料も払っているのだから、学校が親の要求を聞くのは当たり前でしょ」というようなことを言ったそうです。』というように、この親は、非常に不思議なのだが、クラス分けの要求は、授業料に含まれ、親の学校に対する要求全てが授業料に還元される、と信じているようである。

 いつから、クラス分けの要求が授業料に含まれるようになったのか、そのようなルールがあるのか、ぜひ、その親に聞いてみたいところで、もし、その信仰が正しいとするなら、一般的に、親の要求を、授業料と呼ぶべきなのか、のその親の日本語の使い方も問題になってくる。

 「授業料」というのは一般的に、子どもが教育を受けるのに必要な費用のはずで、親の要求は論外だろう。

 つまり、どう日本語で考えても、「当たり前」という言葉使いが間違っているわけで、これは、この親が受けてきた国語教育がよくないことがわかる。

 お互いの意思疎通、立場を理解させるのが言語教育なのだから、日本の教育の問題は、日本語教育にある。まず、同じような文化をもつ人たちに、理解してもらう言語教育が身についていなければ、外国語など片言しゃべれても、理解不能を巻き散らすだけである。

 このような出来事からわかるように、日本の教育の問題点は、第1に日本語教育にあるといえる。土台がお粗末なので、もはや技巧に走るしかなくなるから、マニュアルのようなノウハウ本が流行るのである。

 だから、権威者が書いたマニュアルの奴隷となるわけで、一言でいえば、日本の教育は「奴隷化教育」といってよいだろう。

 日本の教育の第2の問題点は暗記至上主義にあり、暗記を主体にすると、暗記に頼るので、物事を一から考える姿勢が身につかなくなる弊害に気づいていない。

 これが進むと、暗記していないことには対応できない感覚、認識不足が生まれ、誇大妄想癖にいたる。特に、最近の大学生は、「わからない、意味不明」を平気で連発するが、これは、一から考える姿勢がないことを表している。自分がどういう問題点に遭遇しているかの認識もない。



 これは、何か面倒なことがあれば回避するか、誰かに丸投げすることで、だんだんと区別がつかなくなることで生じてくる。つまり無責任を続けると、自分が自分でなくなり、その認識が薄れていく。特に、自分としての記憶を忘れてしまう。

 このようなことを説明するのに、よいサイトがあるので、以下に抜粋紹介する。

 ☆  ☆  ☆

『人間の四つの気質』ルドルフ・シュタイナー(風濤社)《前編》
http://blogs.yahoo.co.jp/chanchan_yanagi/52198526.html

【アストラル界】
 アストラル界とは狭義の日本語でいえば霊界である。

 死後の人間のアストラル体が、まだ存在しています。アストラル体がどのような生を送るのかを明らかにするために、「人間が低次の享楽において体験するものすべてが、アストラル体に付着したままである」と、思い描きましょう。肉体そのものは、喜びや情欲を感じません。肉体はアストラル体の道具です。アストラル体が肉体をとおして、喜びや享楽を感じるのです。 

 ・・・(中略)・・・

 肉体を捨てたあとも、享受への烈しい欲望が残ります。

 ・・・(中略)・・・

 享受を満たす身体器官がもはやないので、燃えるような渇きを感じるのです。様々な宗教が、人間が死後に通過しなくてはならない苦しみを、火のようなものとして描き出しているのです。

 アストラル体は肉体との関連を断ち切るまで、欲界(煉獄)にとどまります。(p.169)

 欲界とどまらなければならないのに、禁を犯して人間界に行き、人体に憑依し享受の欲望を満たそうとする霊が殆どである。そういうアストラル体に憑依されると、食欲代行やエッチ代行などの人生になってしまう。

 人間の性質や病気は、このようなアストラル界の支配下にあって、様々な影響を受けているのが事実である。

【詰め込み教育の問題点】
 詰め込み教育の本質は、心魂つまり存在の最奥の核と、詰め込まれるものとの結びつきがまったくないことです。心魂は詰め込まれる内容に、関心を持てないからです。

 ・・・(中略)・・・

 人間にとって、頭の活動と心魂が遠く離れていること以上に悪いことは、他にありません。繊細で敏感は人だけが混乱するのではなく、まさに人間のエーテル体(生命体)の力、エネルギーそのものに影響が及ぶのです。人間の心魂と人間の活動の結びつきが少ないと、エーテル体は弱くなっていきます。興味のないものに従事すると、エーテル体は弱くなっていきます。(p.63)

 詰め込み教育の内容が心魂(「アストラル体」と「自我」)から遠く離れていると、生命力(「エーテル体」)まで弱ってしまう。

 これは、「詰め込み教育」の問題点でもあるし、「長所伸展法」の核心でもある。

【もの忘れを治す方法】
 安全ピンをテーブルの角に置くとします。「私はこのピンを、この角に置く。そして、ピンが置かれたテーブルの角を、イメージとして心に刻印づけよう」と考えながら、ピンを置きます。そうして、落ち着いて立ち去ります。

 ・・・(中略)・・・

 習慣のようにしばしば行うなら、もの忘れは次第になくなっていきます。

 「私はピンをここに置く」としっかり考えて、自我を自分の行いと結び付け、さらにイメージを付け加えます。思考における明瞭なイメージ、自分の行いのイメージ表象、自分の行為を、自分の精神的――心魂的な核、つまり自我と結び付けるのです。そうすると、私たちの記憶力は根本的に鋭くなります。(p.65-66)

 この記述のポイントは、“イメージとして心に刻印づける”ことである。

 つまり、アストラル体(イメージ)を活用して自我とエーテル体の連携を強化する、ということ。

 ものを置くときに、このように思考する習慣が付くと、それだけでエーテル体(生命体)の力が呼び出されます。

 ・・・(中略)・・・

 私たちは人智学(アントロポゾフィー)をとおして、「エーテル体はある意味で記憶の担い手である」と、学びました。(p.66)

 “生命力(エーテル体)は記憶の担い手である”といっているけれど、これは重要なポイント。

 落胆し切った経験のある人はよく分かるだろうけれど、人生を投げてしまうと、気が散ずるから、生命力が弱まり、記憶力も無くなってしまうのである。だったら、逆に、記憶力を鍛えれば、生命力は向上し、肉体も強くなり、人生が輝くのである。

【もの忘れと病気の関係】
 「人間がもの忘れをすることが少なくなると、多くの病気の発生は避けられる」と言うと、奇妙に聞こえるでしょうが、本当のことなのです。(p.64)

 ☆  ☆  ☆

 次に問題なのは、暗記至上主義により、知識を利己的に悪用しようとする姿勢が身につくことにある。例えば、上述のクラス換えに口出す母親が、「授業料」を拡大解釈し、自己の妄想に都合よく解釈している過ちなどである。

 いま巷に話題の「従軍慰安婦」発言についても、発言者自身が、周囲や相手にどう受け取られるか、を考慮せずに、自己の価値観を盲目的に押し付けようとするのは、自分の立場を客観的に捉えられない認識不足を露呈している。

 例えば、大坂市長は、「仕方がない」といったというが、自身が主張するように、もし、それが「仕方がない」のであるのなら、自身がそのために何かを犠牲にしたのだろうか?

 そのような体験を少しでもしたことがあるのだろうか? この場合、従軍慰安婦になるということだが、性差が違うので、無理があるだろうが、例えば、軍隊にも同姓愛者がいるだろうから、同姓愛の慰安になることもできるだろう。しかし、この場合でも自主的なので、強制的ではないから全く同じとはいえない。

 そのような体験ももたずに、他者に対して、少なくとも、あれこれいう立場にはないだろう。もし、従軍慰安婦が「仕方のない」ものだとするのなら、自身が甘んじて、慰安婦になるべきである。そのような強制を受けた経験をもっていたら、あの発言は絶対に許されないことがわかるはずである。

 しかも大坂市長といえば、市民の代表者であるのだから、様々な市民の気持ちが理解できないといけない立場にある。全くもって、あのような愚かな発言が出てくるのは、そのような立場に立っている自覚がないことを自ら実証しているわけである。

 戦場でなくなった人の記録を少しでも調べたのだろうか?

 「それをいっちゃおしまいよ」をいわせるほどの未熟な精神の持ち主になってはいけない。





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Last updated  2013年05月31日 16時45分03秒
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