シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2013年09月11日
XML
カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 前回の続き。前回は、男性のなかの女性性アニマ、女性のなかの男性性アニムスの非常に面白い話だった。人は、男性と女性の役割を果たすことで、創造的になっていく。

 重要なのは、男女の役割が創造には不可欠ということで、協調が重要で、見かけ上の差異による対立ではないことである。

 逆説的にいうならば、見かけ上の差異からくる対立を乗り越えたところに創造が生まれるといえる。共に異性を求め合うのは、異性が、創造行為に不可欠で、創造行為への憧れ、自我の自由で多様的活動にある。 

 外に異性を求めるのは実は、自分のなかにもある異性性(アニマ、アニムス)のためでもある。例えば、過去世において異性として生きた体験が、現世の自分のなかに眠っているわけで、現世で異性を求める行為は、過去世の異性で生きた体験を呼び起こすことにつながる。

 つまり、異性を求めることは過去世の異性に対して、現世での異性間のバランスをとることになり、安心につながり、また自分のなかの異性(アニマ、アニムス)を創造行為へと駆り立てる働きでもある。

 見かけの上では、外に異性を求めているが、実は、自分の内部の異性(アニマ、アニムス)を創造に駆り立てていることになる。外なる結婚の他に、内なる結婚がある。

 だから、セスの話から、自分のなかの異性(アニマ、アニムス)を上手く意識することで、例えば、育児や、教育を創造的に行なえることがわかる。母親が男児を育てるには、男性であった過去世、つまりアニムスを意識すればよいことがわかる。しかし、当然だが、度が過ぎると、今度はアニマを刺激してしまうから注意が必要である。

 このようにセスの話からすれば、現代人は何も知らずに単なる思いつきの決め事を押し付けて、育児や教育と称していることになる。



 ☆  ☆  ☆

セッション556……1970年10月26日(月曜日)午後9時8分

 輪廻転生の体験は、自己の骨格の一部であり、活力ある精神の多次元的な現実の一局面なのです。従って、それらの体験は夢見の状態のみならず、別の活動においても反映されることになります。

 現在の自己を、織られた生地(繊維)に喩えますと、「過去」としての輪廻体験はそのなかに織り込まれ、現時点の自己は、人格の特質、活動、あるいは洞察力を、そこから無意識に引き出しているのです。

 過去世の記憶はしばしば意識に浮上してきますが、空想や芸術的創造物に投影された形で表面化するために、過去世の記憶として認識されることがないのです。

 例えば、歴史作家の著述の多くは、著述した時代の実体験に基づいて書かれています。そうした場合には、現在の自己と無(潜在)意識との間に優れた協調関係(ラポール「融合」)が働き、現世を豊か(創造的)にする手法で、過去世の記憶を浮上させることができるのです。

 作家本人が、そうした状況を真に把握するのは、往々にしてほぼ意識的になされます。無(潜在)意識から、意識に上る境界の近傍で、正しい情報の源泉のありかを知るのです。

 しばしば夢境においては、こうした輪廻の情報が、同様のドラマ的な人物像などに置き換えられて現われてきます。こうした全ての状況下においても、アニマとアニムスは手に手を携えて、対立ではなく協調し合う性質として働きます。

言うまでもなくアニマとアニムスが1つに統合されたとき、それは精神的にも、物質的にも、創造性の源の象徴となるのです。

 (カゴメの唄の「鶴と亀が-1つに-統べった」を思い起こさせる。鶴は男性器、亀は女性器である。つまり、カゴメとは、多次元な自己のことで、自己の中のトリとは、内なる自己の知覚力で、霊能力である。

 だから、自己のなかの霊能力は、夜明けと晩の夢見のとき、アニムスの鶴と、アニマの亀が1つになったときに、現われる。だから、「後ろ」の過去世も、「正面」の現世もなく、その霊能力から、輪廻転生の進化の流れが明らかになる。)



 能動性や積極性の欠如を示唆する「受動的」という言葉は、アニマの性質を描写する表現として相応しくありません。まったく事実に反しているからです。

 確かにアニマは、作用や影響が自分に及ぶことを受け入れますが、それは極めて強い影響力に同調することで、理解を試みようとする必要性と願望の背景が、その受動行為の真意としてあるのです。

 従って、アニマには、平安への願望という受動性と同時に、ぐいぐいと衝き動かされたい、という逆の能動的性質の願望も強く備わっているのです。

 アニムスには、人格をして、アニマ的な性質により確実なものとなった創造性の所産を、意気揚々と掲げながら、外へと、すなわち物質的活動へと差し向かわせる積極性をもたらす性質があります。

全体自己は、明らかに、これらアニマの性質とアニムスの性質の総体であると言うことができます。最後の転生の後には、物質的肉体や性的要素を随伴する創造性はもはや必要でなくなります。



真の自己とは、そうした両性の融合のなかから生じるものなのです 。貴方がたの現在の在り方に伺えるような、一方の性別のグループがもう一方を凌駕しているといった、どちらかの性別だけが重視されている状況下では、そのような自己の融合は不可能でしょう。

 貴方がたの(物質)次元で「分割」が採択された理由は少なくありません。それらは人類が如何に進化し、如何に自らの能力を行使していくかを決めた際に、選択した方法が極めて特異であったことに関係しています。この点は、別の章でさらに言及していくつもりです。

男性によってアニマ、あるいは隠れた女性性が、〔当人の〕人間関係に投影されることで、相互理解の深まりに貢献するだけでなく、自分のなかの女性的な存在への精神的な橋渡しになるのはごく自然なことです。

女性によってアニムスが、身内の男性や友人の男性に投影される場合にも同様のことが言えます 。アニマとアニムスの現実は、ユングが考えていたものよりもずっと奥が深いのです。

象徴的な言い方をさせていただけば、アニマとアニムスの両方が合わさって、多様な能力、願望、性質を併せ持つ全体自己を表わしているのです。

 かような二者はともどもに、個人レベルだけでなく文化レベルにおいても、生得の安定維持要素として、文明の前面に出ることなく無意識のうちに作用しているのです。

 アニマとアニムスの真の意味を考慮することなくして、貴方がたが知る人格を理解することはできません。輪廻のパターンは、概して開放的であるため、そのなかには多様性を組み入れる余裕が充分にあります。

 全体自己はそれぞれ個としての特質を備えており、輪廻の指針の範疇内であれば、自ら適宜と見なす転生を選ぶことができるのです。それが男性ばかり、あるいは女性ばかりの転生が続くパターンとなる可能性もあります。しかし、そうした選択には障害が生じてくることもあります。

 しかしながら、 変化に富んだ多彩な転生のなかで、性別に関する進化については、男女両方の転生を経験しなければならないことと、多様な性質の発達、進化がなされなければならないという以外、あれこれ指図するような決まりはありません 。

 男性としての転生と、女性としての転生をそれぞれ同じ回数だけ経験しなければならないということもありません。例えば、一方の性別の時のほうが、自分にとって遥かに進化が容易であるとわかったため、もう一方の困難な性別を体験する機会がより多く必要になる場合もあります。

 一方の性別での転生ばかりが続いている場合には、アニムスとアニマの存在が一層、重要になります。アニムスとアニマのはじめの性質は、輪廻の体系が始まる以前の全体自己からきています。

 両者は最初の肉体をまとったときに生まれ、人が、融和した根源的な両性を兼ね備えていることを常に忘れぬよう、内なる知覚の立場から働きかけるのです。

 アニマやアニムスといった象徴の背後には、強力で高密度の霊的エネルギーが存在し、こうした象徴によって神の如き資質が伝えられ、投影され得る理由は他にもあります。

 男性はアニマに対して憧憬を抱きます。それは、アニマが、その男性の深層に無意識な潜在的資質として横たわるだけでなく、全体自己のなかで解き放たれたいと足掻く、別の資質を提示してくれるからです。

 アニマとアニムスの緊張関係は、アニマの創造性をもってアニムスの攻撃性を和らげたり、それを積極性として創造的に用いる方向へと導きます。

 さて、アニマとアニムスという象徴と、人類が関与している葛藤には深い相関関係があります。貴方の知る自己の意識、つまり今の貴方に特有の意識とは、ある特定の緊張関係によって喚起された認識への表明であり、全体自己の真の無(潜在)意識から生まれ出た独特の焦点であるのです。

 先に述べた「真の無(潜在)意識」とは、字句通り、無なのではありません。それどころか、全くもって言葉では表現し尽くせない程の(多次元的な)意識に満たされており、そこから、意識が泡立ち、溢れ出る位です。

 貴方がたが知る人生は、真の無(潜在)意識のなかの、数多くの意識的な領域の1つにすぎません。真の無意識のうちのそれぞれの意識的な局面において、特定の意識による体験を残りの局面から独立し存在させ、その乖離状態を維持させるには、文字通り絶大な力とバランスを保つ必要があるのです。

 貴方がたは、つい今しがた無限の可能性から現出したばかりで、積極的資質や、外へと押し広がる性質を多大に必要とする特殊な活動領域のなかの現実で暮らしています。そうした資質は、貴方がたが、元あった無限の可能性に再び引き返してしまうのを阻止するために不可欠なのです。

 しかし、貴方がたは己の強さと創造性、また儚くしてなおも力を秘めた自分自身である「個の意識」を、その無限の可能性という無(潜在)意識層から得ているのです。

 男女の性別という二分割が採択されたことで、相互に不可欠にして、しかし一見対立するかに映る性向が、乖離させられた上でバランスをとり合う形で存在するようになりました。かような規制を享受する必要があるのは、進化の初期段階にある意識だけです。

 従ってアニマとアニムスは、補完的であると同時に、明らかに対極的に不可欠な性向が深く埋め込まれており、それらは人類の意識の泉ともいえる本質を維持するために極めて重要な役割を演じているのです。

 ☆  ☆  ☆

 次回に続く。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2013年09月11日 16時53分53秒
コメント(0) | コメントを書く
[軟弱日本を斬る!] カテゴリの最新記事


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: