シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2013年09月18日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 セスの話ではレムリア人について紹介したが、シュタイナーはどちらかというと、アトランティス人についての紹介が多い。

 セスの話のレムリア人を簡単にまとめると、

 他者に危害を加えないように破壊行為を極度に避け、後には恐れるようになった。

 音波を用いた高度な技術を開発し、テレパシーや絵画的言語を用いた。

 閉鎖的で、主に洞窟から地下に住居した。

 などである。

 これらレムリア人と、その後のアトランティス人を比較するために、シュタイナーの秘教学の講義を続けて、以下に紹介する。



 前回はノアの箱舟に言及し、この箱舟の高さ、幅、長さの比率に、人体の寸法の比が表現されていることを書いた。

 聖書という宗教的古文献の、この箱舟の意味を洞察するには、人間を救出する、この乗り物が、人体の寸法の比とみられる寸法である意味を明らかにするだけでなく、ノアの物語に暗示されている実際の出来事が起こった時代へと、魂の奥深くに参入することが必要である。

 秘教学(オカルティズム)を多少とも理解した人なら、外界の対象物をみれば、人間の魂にとって、それらがどのような目的と意味をもつのかが理解できた。

 中世初期に成立し、西から中央ヨーロッパに向けて広がった独特な建築の教会や大聖堂をみれば、ゴシック建築として知られた特有の建築様式を持つことがわかる。

 ゴシック建築の、上に向かって先の尖った2つの尖頭からなる独特のアーチ構造をみれば、全体的に上方を切望する気分に溢れていることがわかる。また支柱が独特な形をとることなどの点ももつが、このようなゴシック建築が、単なる物質的な用途や必要性から、もしくは神の家をつくろうという憧れの類から出てきたもの、と主張するのは全くの間違いである。

 ゴシック様式の基礎は、もっと遥かに深い意味があり、ゴシック建築物の最初の理念を世界に提示したのは、秘教学に精通した人々で、彼らのほとんどが秘儀参入者だった。

ゴシック建築
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B4%E3%82%B7%E3%83%83%E3%82%AF%E5%BB%BA%E7%AF%89

 「ゴシック建築は、尖ったアーチ(尖頭アーチ)、飛び梁(フライング・バットレス)、リブ・ヴォールトなどの工学的要素がよく知られており、…」

 この人類の偉大な指導者たちは、このような建築物、建築様式を生じさせることに特別な意図をもち、ゴシック様式の大聖堂や教会に足を踏み入れる人には、魂に特定の印象が呼び起こされるような創意を施した。

 聳え立つ支柱群を備え、高く湾曲したドームの中は、まるで一種の苑(もり)に踏み込んだような印象を受け、そこにとどまれば、例えば、通常の家屋やルネサンス様式やロマネスク様式の丸屋根を備えた建築物の中に入っていく時とは、全く異なった影響を魂に及ぼすようにした。



 つまり、周囲の状況に応じて、魂で生じることは非常に異なったものとなる。

 ほとんどの人々は、現代の唯物主義が、唯物主義的な著作を多く読むことに由来するように思っているが、秘教学者は、その影響がさほどではなく、日頃の視覚からの情報の方が遥かに重要であることを知っている。

 視覚の影響は、無意識糧に進行する魂の営みに多かれ少なかれ浸透するからである。この魂への視覚の影響は、現実的な意味をもち、いつか人智学が魂を真に把握するとき、この現実的な影響が、公共の生活においても注目されるようになるだろう。

 中世においては、通りを歩くとき、今日とは全く異なる魂への影響があった。左右の家のどの正面にも、その家の建築者の銘が刻まれていた。人々の周囲にある、どの対象物、どの戸錠も、鍵も、その製作者の魂が、自らの感情の体現として作り上げていた。

 これらの製作者一人一人が、作品のどの部分にも喜びを感じ、いかに自分の魂を注いでいたかを、はっきりと感じとれば、どんな物のなかにも、作者の魂の一部が存在したことがわかる。



 今日の都市と見比べ、今日の事物のなかにまだ魂は宿るかと問うなら、例えば、靴屋、刃物屋、肉屋、それにビアホール等のなかに貼られたポスターなどの芸術が、どんな成果を生むか考えてみると、ゾッとするようなものが多いのに気づくだろう。

 老いも若きも、オゾましい制作物、意識下に、最悪の力を呼び起こす制作物の海のなかを、まるで彷徨っているようなものである。

 神秘学的な教育術は、視覚が人間の奥深くに影響を及ぼすことに注意を喚起せずにはいられない。現代の風刺雑誌をみれば、何ら批判精神を欠いた、事実の単なる誤魔化しでしかないことがわかる。

 これらの全てが、人間をある特定の方向へと導き、時代を見定める力の流れを、人間の魂のなかに注ぎ込むことになる。

 人智学者は、どのような表現(形式)の世界に生きるかによって、人間の魂が、大きく異なることを知っている。

 中世の半ば頃、ライン河沿いにドイツ神秘主義と呼ばれ、注目すべき宗教的運動が発生し、魂についての法外な深まりと内面化が、キリスト教神秘主義の指導的な精神の持ち主たち、マイスター・エックハルト、タウラー、ズーゾー、ロイスブルーク他の「プファッフェン(坊主たち)」と呼ばれた人物たちから発した。

 13世紀、14世紀においては、「プファッフェン(坊主たち)」という呼称は、今日とは異なり、まだ少しは尊敬の意味合いを持っていた。当時のライン河沿いは、「ヨーロッパの偉大なるプファッフェン(坊主)横町」と呼ばれていた。

 このような偉大な心情の深まりや内面化、本質的な神の力との親密な一体化を求める敬虔な感情は、どこから生じたものなのか?

 それは、尖塔迫持型アーチやその支柱や円柱群を備えたゴシック大聖堂のなかで、人間の魂から引き出されたのである。このゴシック大聖堂が、これらの特質を、魂から引き出した。

 (聖堂騎士という名はこのことに由来しているのかもしれない。)

 視覚は、それほど強力に作用する。人間が見るもの、周囲から、人間の魂に注ぎ込まれたものなどが、人間のなかで1つの力となり、この力に従って、人間は、次の受肉(転生)に至るまでに、自分自身を形づくる。

 このことを人間の進化から再考してみる。建築様式は、ある時代に秘儀参入者たちの偉大な思考から生み出されたもので、彼らが建築様式を、この世界へと流入させる。建築物を建てれば、それが人間の魂に影響する。人間は、この建築様式のなかに生きている霊力を、自らの魂のなかに多少とも受け入れる。

 建築様式、例えばゴシック様式を見ることで、魂が受容する霊力は、魂の気分のなかに現われ、高みを見上げる情熱的な魂として現われてくる。数世紀前の人々は、ゴシック様式のなかに生きる製作者の喜び、魂の躍動を、自らのうちに受容したことがわかる。

 そして今度は、このゴシック建築の力を魂のなかに受容した人々の数世紀後、つまり次の受肉(転生)を追跡してみると、その人たちの人相や顔貌に、この内的な心情が顕現した様子が伺える。このようにして、人間の魂が顔を作り上げることがわかる。

 このような事実から、このような芸術が用いられた理由が判明する。人類の未来のずっと先まで、秘儀参入者たちは見ているため、彼らはある特定の時代に、外(物質)的な芸術様式、広くは外(物質)的な建築様式を形成する。このように、人間の魂のなかに、未来の人類のための胚珠が蒔かれる。


  →建築物等の形式
  →魂への受容
  →内的な心情の顕現
  →次の受肉での人相や顔貌形成


 このようなことを正しく洞察すれば、アトランティス時代末期に起きた出来事も理解できる。再度、アトランティス時代の最期、その没落が起こった時代に目を転じてみれば、この時代にはまだ今日のような大気がなく、空気や水の分布も、現在とは全く異なり、濃い霧がアトランティス大陸を取り巻き、霧が雲に凝縮し、流れ落ちる雨となって大洪水が陸地に溢れたことがわかる。

 このアトランティス大陸の沈没は、短期間の出来事として起こったのではなく、何千年も続く現象として、徐々に段階的に起こったことがイメージできる。

 外界(環境)の生活状況の変化に伴って、人間自身も変わり、それ以前のアトランティス時代では、一種の霊視力により知覚していたが、末期において、大量の雨が降り始めたとき、人々は、次第に全く新しい生活様式へと、新たな見方、新しい種類の知覚に慣れる必要性が生じ、人間の肉体も変化を免れなかったことがわかる。

 実際、アトランティス時代の人々は、今日の人間とは驚くほど異なっていたが、このような変化が一気に起こったのではなく、感覚器官を備えた人間の身体は少しずつ形成されてきた。

 魂の力が長期間に渡って身体に働きかけ、先に述べたように、人間が、建築様式を見ることで、霊力を魂に受け入れ、それが心情に影響し、この心情が次の転生で、人間の顔相、顔貌を形作る、というような流れで進化してきた。

 アトランティス時代からポスト(後)アトランティス時代(我々の時代)の移行期になって初めて、人間の魂は、自らの形を変え、それに続いて肉体も作り変えた。

 正真正銘の古代アトランティス人をイメージすれば、彼はまだ霊視による意識をもっていた。このことは、生活環境、つまり深い霧に満たされた大気と関わりがあり、この環境では、事物は明確な輪郭をもたず、区別できず、色彩像や色彩模様の波のようなものが入り乱れた形で、対象の人々の魂の状態を、観察者に示していた。

 自分に近づいてくる対象物の輪郭を捉える代わりに、アトランティス人は1つの光の形態(フォルム)を、青は愛、赤は熱情、怒りなどという具合に知覚していた。人間を取り巻く環境には、魂の力が色彩をもつ光として広がっていた。

 もしこのような状態がずっと続いていたら、人間は決して現在の肉体を獲得することはなかっただろう。大気は水を分離し、対象が次第に益々明るくはっきりと現われてきて、現在のような境界をもつようになったとき、人間の魂が新たなイメージを受容すべき時期が到来した。

 このイメージに従って、魂は自らの肉体を形成した。というのも、人間は、考えたり感じたりするものに従って、自らの肉体を形成するからである。

 (善きイメージから善き肉体が形成されるので、古代ギリシア人は、健全な肉体は健全な精神から形作られるといった。)

 ☆  ☆  ☆

 次回に続く。





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Last updated  2013年09月19日 12時33分38秒
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