シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2015年09月25日
XML
カテゴリ: 神秘体験空間
 「信じるか信じないかは、あなた次第!」というオチの台詞で有名な都市伝説のTV番組を、先日面白く拝見したが、ネットの情報よりもネタとしてはインパクトが薄いが、それがTVの限界に感じた。

 しかし歴史的に洗脳されてきた一般視聴者にしてみれば、それが限界であっても、そこから疑問をもって自分で調べるようにでもなれば、洗脳を解く切欠には十分ではある。

 その番組のなかでは、歴史の話もあったが、犬HK大河ドラマなどの正史に洗脳されている歴史マニアならまだしも、ディープな本格派のマニアにはまだまだで、とても八切史観を超えるトンデモぶりの話はなかった。

 その歴史の話は大奥が大所帯になったのは、家光が無類の男好きで、春日局がどうにかして将軍の跡継ぎを産ませ、女性に興味をもたせたいために、女性を大量に側室にしたため、というオチの話だったが、八切史観ではそれだけではまだ氷山の一角にすぎず、続きがある。

 正史でも伝えられるように家光は跡継ぎの綱吉を後の桂昌院の玉に産ませたが、家光は後水尾天皇に朝廷の石高を上げてくれとの懇願を上京し了承した帰りに、めぼしい相手を通りがかりでみつけ、当初は男子だと思って男色相手で召し抱えて事に及んだところ種がついたので女性だったと発覚し、春日局が大慌てでこの相手の玉の出自を洗ったところ、済州島ということが判明し、これまた大慌てで江戸の町人(八百屋)の子ということに仕立てたという。

 後に綱吉が将軍になるのに水戸藩の光圀が大反対したのは綱吉の母が済州島出身だったからという説もある。水戸が勤皇藩なのは多賀城に近い土地柄のせいで、古代中国系の唐を本流とする藤原氏贔屓のためという説もある。

 さて、このブログでも何度か紹介したが、春日局が大奥をつくったのは、家光が春日局と天海と名乗った明智光慶の子であり、徳川家を斎藤家一色にして乗っ取りたいためであったのである。

 春日局は斎藤利三の子のお福で、明智光慶は光秀の子だから、斎藤道三の親戚筋で、織田家の配下についた美濃衆ということになる。

 正史に洗脳されている人には馬鹿げたトンデモに聞こえるだろうが、これには伏線が沢山あり、元を質すと、本能寺の変になるから面白い。



 信長が狡いのは、尾張を配下にしてから、奇蝶から得た情報を利用して、義龍が道三の子ではない、という情報を美濃に流させ、美濃を混乱させ、鷹狩りに出た道三の背後で義龍が謀反し、親子決戦になると道三に美濃を与えるから助けてほしい、という書状まで引き出させ、援軍する振りをして義龍に殺させて、義龍亡き後で、美濃三人衆を寝返りさせて、義龍の子龍興を攻め、美濃を配下にしてしまったことにある。

 奇蝶は信長に裏切られたという感をもつようになる。だから大河ドラマで演じられるように信長と奇蝶の関係は良好ではなく、当時の部落出の戦国大名は女尊男卑で、女性が威張っているから、美濃方言のタワケ殿と信長が呼ばれていたのは、有名である。京に近い美濃からみれば、尾張はタワケ(他分け)だからである。

 また信長が茶筅髷をしていたのは、当時の部落民の流行で、千宗易も同じ部落の出で、いまでは茶道具と呼ばれる当時の竹細工や土細工を商売として軍資金を貯める広告塔の役割をしたわけである。いまでいうファッションやCMである。だから、仏教徒にとっては反体制的で、野蛮な意味で、タワケと馬鹿にされたわけである。

 さて、美濃と尾張の確執的な関係から、つまり、道三は信長に裏切られる。この遺恨が、織田家の尾張衆と美濃衆の勢力争いとなり、尾張筆頭の信忠と美濃筆頭の奇蝶の名義上の親子関係の対立になる。信長は信忠に織田家を相続させるために、美濃衆を左遷しはじめるが、表向きは、喧嘩両成敗にし、例えば、尾張の信盛と林佐渡と、美濃の奇蝶側近の安藤伊賀の追放である。

 これが奇蝶の逆鱗に触れたらしく、次は自分の離縁と思ったようである。いまでは考えられないが、当時の権力は武家では女性のほうが強かったそうである。女尊男卑で、徳川四天王の本多忠勝は、女性の方が強かったという話を残している位である。奇蝶は織田軍の美濃衆の筆頭である。

 秀吉が木下家の寧々に嫁いだのも木下家が織田家の軍事を担っていたからで、秀吉亡き後で木下ゆかりの豊臣武将が徳川につくのは寧々の力が大きかったからである。

 また女性が強かった代名詞として、八切氏は、上杉謙信が女性で当時はおトラと呼ばれていたと述べている。その理由は女性特有の病気で死んだことと、イエズス会の記録に景勝の叔母と記述があること、更には信玄が謙信を女性だと知っていて、川中島の戦を引き分けに持ち込んだことなどである。

 なにより戦国時代に領土的野心をもたず、横断支配的な人間関係を優先したことなどが女性的な考えに通じるものにも思える。第一、戦国大名なら跡継ぎや軍事拡大を考え、せっせと種付けに勤しむのを優先するのに生涯独身という理由が明らかになる。

 話を信長に戻すと、奇蝶の記録が残っていないのは、当時、本能寺の変の首謀者が奇蝶で、実行者が配下の斎藤利三であると思われていたせいであるという。光秀は事後に事の経緯を聞かされて、信長の命であった家康討伐が有効なのかどうかの身許を確認するために、信長の生死の情報を探すのだが、秀吉に謀反の疑いをかけられて、山崎で利三とともに殺される。 

 なお奇蝶は織田信雄に安土城とともに焼き払われる。その謀反討伐の功績で、信雄は清州会議では第一等の報償を与えられる。信雄は秀吉に、奇蝶が首謀者の生き証人として残されるが、後に光秀謀反説を流した秀吉により馬鹿者と宣伝される。

 でなぜ、徳川家が斎藤家に乗っ取られなければならないかといえば、織田家が斎藤家を裏切り、乗っ取り、その怨みで、信長が殺されて、斎藤家が乗っ取るはずが、横から豊臣家がしゃしゃり出てきて、そして豊臣家を徳川家が乗っ取ったので、結局、徳川家を乗っ取ることになるからである。



 八切史観によると、家康は、松平元康ではなく、元康を殺し成り代わり、正室の築山と子信康を、武田家内通の謀反の疑いをかけて勝手に殺したことが信長にバレて、本能寺の変当時まで、説明しに安土に来いといわれていた矢先で、その討伐役が光秀であることを知っていたという。それに徳川家は、当時の織田家には眼の上のタンコブでもあった。

 織田家の勢力が拡大すると困るのは、仏教の総本山の朝廷を筆頭に、奴隷貿易とアジア進出を図るイエズス会、領土では西の毛利家と長曾我部家などが挙げられる。そしてなにより西側の金融システムを司る吉田神道の影響がある。当時は銀が主流で、銀本位だったため、信長が部落民が保有する金を使って金本位制度にしようと画策していたのは、当時の金融利権者にとっては脅威だったという。

 本能寺の変の軍資金は、家康が、信長に貢ぐための金銭が逆に、利三に渡り使われたという。秀吉はその謀反情報を近衛前久や細川藤孝らとの会合で掴み、警護という名目で小部隊を本能寺周辺に残し、変後、先手を打って中国から前もって大返ししてきて、山崎で光秀らと合流する虚報を流し、討伐した。

 というのが大体の八切史観の話なんで、正史に洗脳されているオツムにはトンでもで解釈不能だろう。 

 ネトウヨの恥性などは、洗脳されているのに気づかないほどアホバカなので、バッシングに対してバッシングをするバッシングの虜になってしまいがちである。例えば、歴史では正史とは相容れないから嘘と、官僚の先例がないから駄目と同じように決めつけかかるのである。こういう信仰の類が馬鹿の一つ覚えでアホ馬鹿なんである。



 それに真実なんてものは歴史解釈のように変わっていくものなんである。変わっていくけども、変わらないから真実なんである。つまり、バッシングを受ければ受けるほど事の真相を明らかにするのが真実である。

 隠れていた真実が明らかになるのが真実なんである。だから臨機応変に変わっていかなければおかしい。

 君子豹変する、である。水はその器に応じて変化する。

 さて、八切史観の「八切日本史」から抜書きする。

 ★         ★         ★

 「紺屋の白袴」という言葉があるし、「論語よみの論語知らず」ともいうが、「盗作先生は歴史知らずの歴史屋」なのか。

 なにしろこの人あたりは戦時中に、「天皇は神さまであられる。日本は皇紀二千六百年である。アア‥‥」と平然と講義をして、多くの学生を教壇から見送って死なせたことに対して、戦後もなんら「自己の告発」をしていない老人である。」

 ★         ★         ★

 上の「論語読みの論語知らず」というか、霊界を知らない糞坊主ばかりの昨今では、何か過酷な修行をしないと仏門にも辿り着かないか、のような洗脳ぶりだが、なにも仏教徒になって過酷な修行をしなくても、四六時中している修行が誰しもにある。

 人生という時間の使い方とその日々の心の修行である。この世に生まれてから様々な体験をし、知らず知らずに心構えを築いていくが、それだけが修行ではなく、寝ているときも修行をしている、というシュタイナーの話を続ける。

 ★         ★         ★

天使

 それでは霊我をもつ天使は、今を生きる人間には直接関係のない、地平線の遥か彼方にでも見える唇気楼のようなものか、といえば、そうではない。アストラル体までしかもたない動物と、アストラル体の上に自我をもつ人間とが、同時に今を生きるのと同じように、既に霊我を完成した天使も、人間と同時に生きている。

 天使は、霊(精神)の進化の歩みの上で、人間よりも一段階先行する存在である。天使は、霊我、自我、アストラル体、エーテル体から構成され、物質体はもたない。だから、天使は、肉眼には見えず不可視である(全集102番『霊的諸存在が人間に 及ぼす作用』、第8講)。

 霊我、自我、アストラル体、エーテル体から構成される存在をキリスト教では天使と呼んでいる。物質体をもたないから、天使は物質界を感じとる手段がなく、鉱物や人間の物質体などは認識できない。しかし、人間のエーテル体は見えるので、むしろ、外見に拘らずに、本質(霊魂)を直接見てとってしまう。

 天使の意思の伝達も、人間のように音声という物質的な手段を用いるのではなく、テレパシーのように、意思の内容全体を一度に伝え合うという。だから、以心伝心といえる。彼ら霊の役割は、人間の転生を見守り、その転生を通して霊の進化を学ぶ人間の自我の進化を手助けすることである。

 人間には誰にでも守護霊として天使がついている。天使レベルの高次の霊の間にも、細かな進化の違いがあり、それに応じて働き方が違う。その辺の詳しい事情は『個人と人類を導く霊の働き』(シュタイナー著、浅田豊訳、村松書館刊)で知ることができる。

 ★         ★         ★

 人間が何を学びたいかで指導霊としての天使も異なり、学ぶべき時に師が自然と現れるようになっている。というのも天使は、人間の霊的な知性の成長がみえるからである。悪霊も善霊も呼びだすのは人間次第である。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2015年09月28日 11時33分50秒
コメント(0) | コメントを書く
[神秘体験空間] カテゴリの最新記事


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: